性的快感に取り憑かれているネット民

羽鳥慎一モーニングショー』で知ったのだが、池袋の暴走事故の容疑者が
逮捕されていないのはおかしい、元官僚だから特別扱いしているのでは
ないか、とネットで物議を醸しているらしい。
実にバカバカしい話だ。
番組でも伝えていたが、あの事件で容疑者も負傷しており、すぐに病院に
搬送されたので、逃亡や証拠隠滅の恐れがないのは明らかであり、
事件の解明には容体が回復してから取り調べをする方が良い、と判断した
から逮捕する必要がないだけである。
事情聴取が任意で行われている、という点に疑問を呈する向きも
あるらしいが、警察が「逮捕」という強制力を発動させていないので、
「任意」という表現になるだけだろう。


過失運転致死傷罪で警察は捜査しているのだから、警察内部での取り扱いは
「被疑者」である。
だから、マスコミが「容疑者」という表現を用いないのには違和感が
あるが、「容疑者」自体がマスコミ用語なので、何らかの内規が
存在するのだろう。
そこまで目くじらを立てることではない。
「上級国民」だから特別扱いしているのだ、というのは、
まさにゲスの勘ぐりというやつだ。
捜査が進めば、危険運転致死傷罪への切り替えだって有り得るだろう。


こういうことは、少し考えれば分かることだし、知らないことは
調べればよい。

ところが、ネット民はそれをしない。
一方的に「不謹慎狩り」をして楽しむ方を優先するのだ。


先日、中野信子著『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』
幻冬舎新書
という本を読んだ。
それによると、「不謹慎」や「不適切」を糾弾して得られる快感の
ことを、脳科学の用語で「シャーデンフロイデ」と言うらしい。
人間は組織や集団の秩序を保ちたいという本能がある。
そのため、その秩序を壊そうとする人間に対しては、憎悪の感情が
芽生える。
これは必ずしも犯罪行為に限ったことではない。
何らかの分野において優秀な能力を発揮する人間、あるいは大したことが
できるわけではないのに何故か他者から愛されてしまう人間などに
対しても、「妬み」の感情が高じることによって、糾弾の対象に
なってしまう。
そういう人間を引きずり下ろしたり、非難することによって、
自分の足下を固めておいて満足感を得る、というのが
シャーデンフロイデ」のメカニズムであるらしい。


本来、こうした糾弾や非難には、リスクが伴うものだった。
相手に対する攻撃は、下手をすれば自分に降りかかってしまう可能性が
あったからだ。
だから、そういったネガティブな感情が内部に湧いてきたとしても、
そう簡単に発露するものではなかった。
しかし、現在のネット環境はそれを変えてしまった。
匿名で発信できるので、自分が反撃されるリスクがほぼゼロだからだ。
もし自分が炎上したとしても、そのアカウントを削除してしまえば
それ以上のダメージを防ぐことが出来る。
アクセスブロックという手段もあるだろう。
そのため、SNSをはじめとするネット環境は、「シャーデンフロイデ」の
温床になってしまった。


池袋の事件に限らず、日々伝えられるあらゆるニュースに接して
「不謹慎狩り」を行うネット民は多い。
彼らは自分たちの秩序を守るために「不謹慎狩り」を行っている
のではない。

シャーデンフロイデ」の快感を得るためにやっているのだ。
その快感は、性行為で得られるものと同質なのだそうだ。
つまり、彼らは性的快感に取り憑かれて、「不謹慎」や「不適切」を
叩きまくっているのである。

まるで理性の無いサルではないか。


そういうお前はどうなのか? と問われることにもなるだろう。
このブログの最初の方で、かつて私はネトウヨぶりをこじらせていた、
と書いている。
それ以外にも数々の愚行を犯している。
今になって振り返れば、ネット環境、ひいてはパソコンという道具は、
きちんと自制しながら使用しないと、実に簡単に人間の理性という
ものを奪い取ってしまうものだ、ということを痛感させられる。


今後、折に触れて、自分の数々の失敗談を、このブログで紹介して
いく予定である。
匿名なので、恥を忍んで、というほどのことではない。
いまだネット界にうごめく、理性なきサルやゾンビのような存在に、
このブログが一つの教訓として機能すれば幸いである。