フェイクの温床となりうる「ネットの評価」

先日、当ブログにいただいたコメントで知った事実に、驚いてしまった。
何でも、ブラウザのGoogle Chrome拡張機能「WOT(Web Of Trust)」で、
このブログ、もしくは特定の記事が「閲覧するのは危険」との評価が
下されている
のだとか。

このWOTとは、「オンラインで検索やショッピング、閲覧をする際、
そのウェブサイトを信頼できるかどうか、情報に基づいて決定するのを助ける、
ウェブサイトの評判評価ツール」という説明が成されている。
恐らく、フェイクニュースや詐欺サイトへの対策となるツールなのだろうが、
その評価が下される仕組みやプロセスについては、私は全く分からない。
Googleアカウントを持つ人間ならば、誰でも好きなだけ投稿することが
出来るのかもしれない。
もし、「5段階評価」のみ、コメント入力は任意(もしくはコメント投稿
そのものが存在しない)のであれば、当ブログを苦々しく感じている人間が、
一方的に「ゼロ評価」を送信し続けていれば、「危険サイト」に認定される
レベルにまで貶めることが可能なのだろう。

当ブログを敵視する人間といえば、間違いなくネトウヨである。
一貫して安倍政権の批判を続けているし、安倍政権を擁護するエセ保守の
批判も書いた。
さらに「男系固執派」のイデオロギーを、「反天皇」として糾弾した。
ネトウヨらにとって、苛立つ内容だったのだろう。

ところが、こうした批判記事に対して、まともな反論コメントが入力された
ことが一切ない。

「ちょちょんがちょん。チョンの階段を駆け上がれ」という、バカ丸出しの
雑言が来ただけだ。
思い上がるのは危険なのだが、きちんとした情報ソースを元にして、
理路整然を心がけた記事に仕上げているので、ネトウヨは反論できないのでは
ないだろうか。
ただ、目障りなのに変わりはないので、「この記事は危険。信頼性が低い」と
喧伝しているのだ。

ここまで来ると、ネトウヨに対して「卑怯」と憤る気持ちなど一切生じず、
むしろ哀れに思えてくる。
何しろ、発想が、一党独裁の中国や北朝鮮の「ネット規制」と同じだからだ。
ネトウヨが忌み嫌っている中国や北朝鮮と、同じことをしていながら、
本人たちはそれに気付いてない。

これが「哀れな愚者」と呼ばずに、何と呼べばよいのか。

そして、ネトウヨに敵視されるということは、真っ当な庶民には当ブログの
内容が届いている可能性が高い、と考えられるので、逆説的に「自分が書いて
きた内容に間違いはなかった」と自信を深められる。
ネトウヨが、こちらの正しさを証明してくれたようなものなので、
これまた「哀れな愚者」の所業と言うほかない。

さて、以上はやや個人的な内容ではあるので、もう少し一般的な内容に
踏み込んでみる。
「ネットの評価」は鵜呑みに出来ない、ということだ。

日本人はランキング好きと言われ、あらゆるウェブサイトでカスタマーレビュー
に基づくランキングが掲載されている。
ただ、ほとんどのランキングは、レビュアーによる「5段階評価」を集計し、
その平均値によって並べられている、ということは留意しておかなければ
ならない。
つまり、悪意あるレビュアーや、マナーを守れないレビュアーが、極端な
評価を送信している可能性は、常に存在する。
Amazonのような巨大なサイトになれば、運営者は細かなチェックが
出来ないため、規約違反レビューはいくらでも可能だ。

つまり、「ネットの評価」にはノイズが付きまとっているのだから、
鵜呑みにしてはならないのだ。

さらに「ネットの評価」を、「集団知」の一種と考えれば、さらに警戒すべき
コンテンツがウェブには存在する。
「ウィキサイト」と言われるものだ。
代表的かつ巨大なものが、有名な「ウィキペディア」である。

ウィキサイト」の文章は、誰が書いているのか、一般的には分からない。
アカウント名もニックネームも明かされない。
だから、レビューサイトよりも、さらに自由に投稿できてしまう。
もちろん、管理人が「適切に編集」するのだが、その過程は全く不明だし、
誰が編集しているのかも分からない。
よって、「特定の方向性」を志向しているのかどうかも、判然としない。

一昔前まで、「集団知」として、管理人が提供する情報を閲覧者が補う、
という機能は、サイトの掲示板が担っていた。
当然ながら、匿名というかたちではあるが、「誰が書いたか」ということは
明示されていたし、有効な情報は管理人がアップデートした上で、
「更新履歴」などで伝えてきた。
そういったプロセスが、完全に伏せられているのが「ウィキサイト」の
特徴である。
恐らく、ウェブの閲覧者が、一昔前に比べて格段に増加したため、
従来のようなプロセスをとるのが難しくなってきたのだろう。

これが「ウィキペディア」になると、フェイクの宝庫と化してくる。
ネトウヨやネット民が、自分に都合の良いデマを書きまくっているので、
信頼性は非常に低い。
その好例が、今年2月23日の毎日新聞の記事だ。
ウィキペディア」の「エンゲル係数」の項目が凍結され、編集できない
状態に陥ったのだという。

理由は、第二次安倍政権が誕生してからの2013年以降、エンゲル係数
高止まりしている点を野党に追及された際、安倍晋三
「これは物価指数のほか食生活や生活スタイルの変化が含まれている」
と答弁し、それを受けて、「エンゲル係数」の項目に
「現在では(係数の)重要度が下がっている」
と書き込まれたことだ。
その後、他のユーザーがこれを削除したが、新たに「一概に値が高いほど
生活水準は低いとは言えない」
と書き込まれ、さらなる応戦が展開し、
編集合戦」が19回にも及んだという。

これが「ウィキペディア」の現実である。
個人的には、「ウィキペディア」の記事は、固有名詞の表記と時間・場所以外は
信用しないことにしている。

いまだに「ネットしか伝えない真実」というものが存在する、と信じている
人が存在するらしいが(信頼できる良質なネットコンテンツも、当然ながら
存在する)、実際には「ネットにしか流通しないデマやフェイク」が多数
存在する、
というのが正しい。
ネットの巨大化による、「集団知」の限界である。
「ネットの可能性」を信奉している、Windows95&98世代は、いい加減に
ネットを客観視して、見切りを付けるべき所は見切らないと、いずれ若者に
旧人類」として見放されるだろう。
「執着」は「意地でも変わらないこと」だから、後は時代に取り残されて
劣化するだけなのだ。