権力者は考えない愚民がお好き

2月から3月にかけて仕事がすさまじく忙しかったため、全くブログを
更新することが出来なかった。
しかし、この期間、政治が大いに揺らいでいたのは周知の通りである。
そのため、忙しい身ではあったが、スクラップ用として新聞をがっつりと
ストックしている。
記録として、後世に残しておかなければならない。

今回の「森友問題」は、日本の憲政史上最悪の大疑獄である。
首相夫人の言動に合わせて、民主主義の根幹がかくも簡単に蔑ろに
されてしまった。
そして、財務省は、公文書の改竄という民主主義国家の行政としては
絶対にやってはならないことに手を出してしまったのだ。

これまで、時の首相が私腹を肥やしたという問題で退陣した、という
ケースは幾度も存在した。
しかし、国政レベルの公私混同を犯した首相はいなかったのだ。

2年前、時の東京都知事だった舛添要一の公私混同を、大衆はヒステリックな
までに追及し、舛添が「無給で職務に当たる」とまで言ったのも退けて
辞任に追い込んだ。
「森友問題」は、これを遙かに上回る公私混同である。
金額は億レベルだし、首相を守ったことになった佐川宣寿
メッセンジャーとして動いた谷査恵子は栄転した。
そして、偽装を強いられた建設会社社員が変死し、財務省
ノンキャリ公務員が自殺してしまった。
そして、当事者である籠池夫妻は半年以上という不当に長い期間に
渡って、拘留されたままである。
舛添など足元にも及ばない、権力の濫用である。

こうした事実関係についても、随時まとめていきたいが、ひとまずは
現在私が感じていることを叫ばせてもらう。
今の日本人は、クソである。

このようなことを書くと、「反日左翼」というレッテルが貼り付けられる
のだろうか。
バカを言ってはいけない
日本国を愛する愛国者であるならば、国が権力者によってメチャクチャに
されている状況を看過できるはずがないし、それをスルーしている日本人は
クソと呼ぶしかない。

何でも、佐川の証人喚問の後、内閣支持率が微増したのだという。
理由が分からない。
仮に「結局、政府はごまかして終わりにする」という、諦観に占められたと
しても、あの内閣を支持すると回答する人間の心理が分からない。
しかも、支持率は40%以上という高水準なのだ。

結局、大衆は舛添のような「日常的で分かりやすい」不正には敏感だが、
「森友問題」のようなスケールがバカでかい不正には今ひとつ実感を
得られないのだ。
国民の共有財産である国有が格安で払い下げられたとか、
公文書が国会答弁に合わせるように改竄されたとか、
不正を強いられた人間が死んでしまったというのは、
巨悪すぎて憤りの感情が湧きにくいのである。
そして、マスコミの街頭インタビューで、
「ちゃんとやってもらいたいですよねえ」
などと穏やかな日和見的なコメントを吐いて、お茶を濁すのだ。

確かに、常識的な庶民は、普段はめったなことで口を開くものではない。
しかし、物申すべきときには、きちんと意見を表明せねばならない。
何故ならば、庶民は国の在り方を第一義的に考えるものであり、
権力者を信奉するものではないからだ。

かつて日本は「経済一流・政治三流」と揶揄されていた。
しかし、経済大国の地位からは転落し、格差社会が拡大して社会からは
すっかり活力が失われてしまった。
それですっかり国民は「考えること」を放棄してしまったのだろうか。
ともあれ、政治は三流どころか五流レベルにまで落ち込んでしまった。

ネトウヨがバカにしている韓国でも、朴槿恵のような公私混同大統領に
対して国民が大々的な抗議活動を行い、最終的に朴槿恵は弾劾されて
大統領の地位を追われたのだ。
傍若無人安倍晋三を容認してしまう時点で、今の日本は「韓国以下」
なのである。

「政治一流」になるためには、法治主義を貫かなければならない。
権力者よりも憲法や法律が優先されなければならない。
それが理解できない人間が、「安倍晋三信奉」という人治主義に陥るのだ。

そして「思考停止」は、「責任回避」という意味において罪である。
今ここで考えておかなければならない、という問題意識に無関心であるのは、
「保守」ではないし「愛国者」でもない。
「安倍以外に誰もいない」というのは、何の理由にもならない。
政治家=代議士は、国民が育てていかなければならない側面も存在するからだ。

国民が当事者意識を放ったらかしにして、政治をお上に任せておくことを
ずっと続けてきたツケが、ここに来て噴出している。
権力によって飼い慣らされているということにも気付かずに、
「ドレイとしての自由」謳歌することにしか関心がない人間が急増して
しまった。

今こそ、現政府から、日本国を奪還すべき時である。