衆院選後の保守は考えるのみ

22日に投開票が行われた2017年の衆院選は、残念ながら当初の予想通り、
自民党の圧勝で幕を閉じた。
やはり小選挙区のもとで、野党第一党民進党が解体されてしまっては、
候補者の顔ぶれによっては「自民党公認候補に入れざるを得ない」という
状況が生まれてしまう。

毎日新聞世論調査では、「安倍首相の続投を望む」と回答した37%より、
「望まない」と回答した有権者が47%と上回っていた。
さすがに傲岸不遜で横暴ばかりの安倍内閣に対して不支持を表明する
有権者は多く、そういう意味では常識的な感覚がきちんと残っていたのには
胸をなで下ろした。

私としては、もちろんこのブログに爪の先ほどの影響力もないことは
百も承知で、それでも安倍内閣に対するネガキャン記事を書かずには
いられなかった。
ここ一年ほどの安倍内閣の愚策や不祥事を総ざらえして、
ひとつの区切りを示しておきたかったのだが、22日まで仕事が5連勤と
なったので、中途半端に終わってしまった。
書きたいことは頭の中に思い浮かんでいるのだが、記憶頼りではなく
きちんとした事実関係を記さなければならないので、どうしても時間が
かかってしまう。
私は「運動家」ではなく、普通の市井の庶民なので、ブログよりも
仕事の方が優先なのは当然である。

自民圧勝の結果を受けて、しかし自民党執行部は神妙な顔つきで
「謙虚」という言葉を連発した。
どうやら得票数や得票率では圧勝とは言えない、というデータが
存在しており、ここで満面の笑みを見せては早々に国民から
そっぽを向かれる、と考えていたらしい。

それでも、麻生太郎が早速やってくれた。
自民党の勝利について「北朝鮮のミサイル攻撃のおかげ」と発言して
しまった。
さらに二階敏博幹事長は、この発言について「何の問題もない」と
報道陣の追及をしりぞけてしまった。

語るに落ちる、に近い状況か。
これまでも、北朝鮮がミサイルを発射するたびに、「やはり高圧的に
対処できる政権が必要か」という判断から、安倍内閣の支持率が
上昇する、という現象は見受けられた。
しかし、その相関関係について、自民党の議員が直接言及したことは
これが初めてである。
以前から感じていたことが、つい口をついて出てしまったのだろうが、
もはやこれのどこが問題発言なのか、分からないぐらいに鈍感に
陥っているのだろう。

もっとも、安倍晋三は自分一人では何も出来ない。
北朝鮮に対して「対話より圧力」と発言したのは、その前にトランプ大統領が
「全ての選択肢がテーブルの下に揃っている」という宣戦布告まがいの
発言を行ったからだ。
安倍政権であろうと、穏健な政権であろうと、現憲法下ではアメリカに
護ってもらうことしかできない。
主権が存在しないのだから、圧力をかける外交など不可能である。
アメリカの影に隠れて、キャンキャン吠えるか否か、という違いにすぎない。
安全保障に関しては、日本はネガティブリストで縛られているので、
誰が首相であっても「できること」に差はないのだ。

我々日本国民は、少なくともあと1年近くは安倍内閣と付き合っていかねば
ならない。
選挙期間中の自民党のCMで、安倍のカスッカスで滑舌が悪いお喋りを
聞くだけで吐き気を催したものだったが、仕方がない。
恐らく過半数の国民に嫌われているのだから、と思っておくしかない。

もちろん、安倍晋三の辞書に「謙虚」という言葉などないから、
すぐに豹変する。
悲願の9条改憲にひた走るだろう。

安倍シンパは、「与党=保守=改憲派」「野党=左翼=護憲派」という
イメージを定着させようと奮闘している。
改憲のためには、自民党を支持してもらわなければならない、という
一種の「恫喝」を拡散しようとしている。
しかし、立憲民主党の枝野代表は、頑迷な護憲派ではない。
9条とは別に、衆議院解散が「首相の専権事項」となっている状況を
糺すために、憲法改正で権力を縛ることを考えている。
リベラルであれ保守であれ、「憲法は国民のもの」という認識を有していれば、
旧来のポジショントークに陥ることはないはずである。

安倍の改憲案(加憲案)は、矛盾をはらんだデタラメである。
保守・リベラルにかかわらず、日本の国体を考え、自衛隊員の置かれる立場を
考えるならば、看過してはならない内容である。

私自身も、憲法についてもっと勉強せねばならない。
ポジショントークから脱し、保守として何を守り、何を改正すべきか、
じっくり考えなければならない。
憲法について考えるということは、日本という国を政府から守るために
いかに権力を縛るべきか、国民として考えるということである。

今回の衆院選の結果に失望しているだけでは、いけない。
考えるポイントが見えてきたはずだからだ。
国民としての自覚が覚醒した方もおられるのではないだろうか。
すぐに結果を求めてはいけない。
保守は、考え続けるのみである。