「体制側」に落ちぶれた芸人・松本人志

25日(日)放送の『ワイドナショー』には腰を抜かしてしまった。
今、全国の有権者から忌み嫌われている「暴言・暴行・パワハラ議員」の
豊田真由子
を、出演者がよってたかって擁護していたのだ。

口火を切ったのは、小島瑠璃子
「能力があるのならば、離党する必要はない」
と、世間の「議員辞職しろ」という怒りの声と真逆のコメント。
松本人志「そう、そう」と同意。
厚労相のキャリア官僚がパワハラ行為に及ぶ、というだけでも
言語道断であり、あの音声データを聞いて政治能力があるのでは、と
思うこと自体、どうかしている。

石原良純は、
「上司が部下を怒鳴るのは当たり前」
「自分の中では悪意はなかったのだろう」

と、ヘドが出るようなコメント。
度を超した暴言や暴行でも、自身が悪意を感じずに行動に及んでいれば、
問題がないらしい。

恐らく、父親石原慎太郎が、こうした厳しい叱責を部下にぶつけていた
場面を何度も見ていて、世間の価値観とズレてしまったのだろう。
「あの父親のしつけ」で育てられたというのは、やや気の毒ではあるが、
もはやいい歳したオッサンなのだから、「石原家の常識は世間の非常識」と
いい加減に気付いておくべきだろう。

普段は良識派の弁護士・犬塚弘までもが、
「録音データは証拠として出来すぎ。事前にレコーダーをセットして
おかなければならないので」

と、被害者である元秘書の「陰謀」を示唆するコメント。
それを受けて松本は、
「(豊田が暴言を吐くように)もっていったところはあるでしょうね」
と、さらに陰謀論を強調。

松本は、元秘書がバースデーカードの宛名書きでミスを犯したことに
触れて、
「しょうもないミスする奴って、おるんですよ」
と、あたかも元秘書の方に非があるようなコメント。

これでは番組を挙げて豊田真由子を擁護した、と言われても仕方がない。

前にも書いたように、最近の松本の政治ニュースに関するコメントは
目に余るものがある。
あらためて書くと、
共謀罪は、冤罪が発生するかもしれないけれど、メリットの方が大きい」
「野党は与党に反対だけして給料貰えるのだから、楽な仕事」

と、明らかに「自民党寄り」なのだ。

そうは言っても、松本が自民党を支持するのは自由ではないか、と
考える方もおられるだろう。
それは確かに、その通りである。
しかし、芸人というものが本来的に「反体制」の存在であることを考えると、
自民党寄り」を公言することは、芸人として恥だと感じなければならない。

これは、お笑いだけではなく、落語、歌舞伎、ロック、ラップ、詩など
あらゆる芸能に共通して言える。
「反体制」ということは、庶民の目線を保つということである。
よって、何らかの賞や勲章を授かるというのは、庶民側の立ち位置を
再確認する、という意味でアリだが、「体制側」に付いてしまうのは
最悪である。

その点において、松本はあまりにも無自覚である。
「体制側」の芸人の笑いなど、ヘドが出る。
普段も「体制側」から庶民を見下ろしているのだろうか、と想像してしまうと、
ワイドナショー』以外の松本の冠番組も見る気が失せてしまう。

かつての松本の笑いは、「反体制」であった。
漫才では、古典的な「しゃべくり」を否定し、「新作漫才」とでも言うべき
境地を開拓した。
揃いのスーツを着ることがほとんどだった舞台衣装も、敢えてTシャツや
チノパンのような庶民的なものを選び、横山やすしから怒られていた。
ごっつええ感じ』では、その横山やすし桂三枝を風刺したコントを披露し、
業界をざわつかせた。
それらがウケたのは、当時の庶民感覚から逸脱していなかったからだ。

しかし、今の松本は、庶民感覚から離れてしまった。
ワイドナショー』では、幾度に渡って「ネット上の書き込みに対する
恨み辛み」を発している。
「反ネット民」で終始していれば良かったのだが、どうもそれが長じて
視聴者やマスコミ全体を敵視するようになってしまったらしい。

驚いたことに、松本はツイッターをやっており、こんなツイートを書いている。
「たまにあるワイドナショーの感想。。。
松本嫌いだけどこの意見は同意。 あ、ありがとう…」

何とネット民に評価されて、いい気になっているのだ。
褒めてくれる相手に簡単に懐柔されてしまう。
ワイドナショー』のツイッターアカウントは、多数のネトウヨ
フォローしているらしく、松本の評価もネトウヨのものだと思われるのだが、
それが大問題であることも分からなくなっているのだろう。

「体制側」に付き、ネットに必要以上に反応し、庶民の感覚から乖離して
しまった松本人志
「松本 OUT」では済まない。

松本人志、芸人として死亡。