「共謀罪」ではテロを防げない・対策にもならない

安倍晋三が19日に国会閉幕に伴う記者会見を行い、「謝罪と反省」の意を
表明したらしい発言をした後、質疑応答において相変わらず判で押したかの
ように「テロ等準備罪はテロ対策に必要」と言っていた。

しかし、繰り返し強調するが、共謀罪」ではテロを防ぐことは出来ない。
100%不可能と言ってよいだろう。
以下、根拠を述べる。


1)条文も文言もない
共謀罪」の法案には、テロに対応する条文が一つも含まれていない
そもそも「テロ」や「テロリズム」という文言すら見当たらない
そこを突かれたため、政府は慌てて適用対象をテロリズム集団その他」
規定したが、「その他」とある以上は、結局は一般人の組織や団体も対象と
なりうる、というだけのことである。
条文の中で「テロに特化する」という縛りは存在しないし、
「一般人は対象にならない」という規定も存在しない。

2)単独犯は対象にならない
「組織的犯罪集団」でなくてはならないので、テロだろうが殺人であろうが
単独犯は「共謀罪」の取り締まりの対象にならない。
イギリスでは先日、白人が車を歩道で暴走し、ラマダン帰りのイスラム教徒を
襲撃する、というテロが発生したが、現時点ではあの事件は単独犯との
判断が下されているため、「共謀罪」の対象外になる。
もっとも、殺人のような重大犯罪については、日本には予備罪、未遂罪が
既に存在する。

そういった現行法で充分にテロ対策になりうるし、TOC条約締結も可能、
ニコス・パッサス教授は判断している。
不必要な法律を徒に追加しても、国民の生活が脅かされるだけである。

3)イスラム過激派を監視したところで……
ヨーロッパ各地で発生しているテロは、ほとんどがイスラム過激派による
犯行
である。
よって、日本でもテロが発生すると仮定し、それを未然に防ぐとなれば
当然ながら警察の監視対象になるのは専ら日本に入国したイスラム教徒
となるはずである。
しかし、重大な障害が存在する。
それは、言語だ。
彼らの母国語であるアラビア語ウルドゥー語ベンガル語キルギス
などを理解できる捜査員が、日本の警察にどれだけ存在するだろうか。
仮に存在したとしても、あくまで通訳要員として警察に勤務しているだけで
あろうから、果たして彼らの通信を傍受して「テロを予見」することが
可能だろうか。

日本の暴力団を監視しているのとは、まるで別次元の話である。

4)英仏で防げていない
イギリスにもフランスにも、共謀罪に相当する犯罪が存在する
それでもテロを防ぐことは出来ていない。
2015年のパリ同時多発テロは予測しえなかったとしても、その後のフランスは
主にイスラム教徒を対象に警戒を強め、厳戒態勢となっていたはずである。
イギリスも先月に発生したコンサート会場での自爆テロ以降、厳戒態勢が
継続していた。
そもそもイギリスは、防犯のために監視カメラが多数設置されている
ことでも有名である。
それでも、防げないのだ。
「テロ対策」は現行法で充分、「共謀罪」ではテロを防ぐことが出来ない、
とあれば、その「共謀罪」を制定することには何の抑止効果も存在しない。

5)本気でテロを防ぐならば
日本には、現在のところ、イスラム過激派は入国していない。
よって、「組織的犯罪集団」によるテロは、オウム真理教地下鉄サリン事件
以降、一件も発生していない。
秋葉原や池袋で発生した連続通り魔事件を仮に「テロ」と定義づけたとしても、
単独犯なので「共謀罪」の対象外になる。
では、イスラム過激派によるテロを防ぐには、どのような対策が有効なのか。
答えは単純で、入国させないことである。
水際対策である。
税関の入国審査、通関の荷物検査をきちんと行い、空港に必要数の警察官を
配備しておけば、過激派の入国や火器の持ち込みを防ぐことは可能だろう。
というか、それしかない。
しかし、そうした対策の強化を政府が打ち出したという事実はない。
現実的に可能な対策をとらず、共謀罪」でテロ対策に充てるという
非現実的な立法対策を恣意的に選んでいるだけ
である。


前回ご紹介した高山佳奈子教授の著書『共謀罪の何が問題か』と、
小林よしのり氏の有料メルマガ『小林よしのりライジング』を読んだだけで
ここまで論点整理できた。
共謀罪」賛成派は、これらの論点において反論をしなければならない。
そして、共謀罪」にはこれだけのメリットがある、と具体的に提示する
義務がある。

漠然と「テロ等準備」を取り締まるためには必要だろう、という考えでは
ダメである。
「治安維持」できるのだから「治安維持法」賛成、と言っているのと
同じだ。

今後、新聞やテレビで「共謀罪」に賛成した人間の発言を、このブログで
まとめていく予定である。
その中には、学者や弁護士といった専門家から、発言の影響力のあるタレント
も含まれる。
彼らは自身の発言に責任を持っていなければならない。
後世の社会に多大な影響を与える可能性がある「共謀罪」に賛成していた、
という事実は、自身が誤りを認めて発言を撤回しない限り、永続的に残る。
我々は「本当にそれでよいのだな?」と、問責する眼を持っておかなければ
ならない。

マスコミを「第四の権力」とするならば、当然ながらその権力も国民の
監視対象になるからだ。