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安倍晋三による民主主義の破壊行為

連休が明け、国会で集中審議が始まった。
安倍晋三は相当に驕り高ぶっているのだろう、という態度だった。
恐らく北朝鮮危機で内閣支持率が高止まりしていることが要因なのだろう。

民進党は、籠池氏(前理事長)が財務省の田村室長と交渉を行った時の
音声データを受け取った上で、籠池氏に対してヒアリングを敢行した。
それらで得た情報を元に、「森友問題」について反撃ののろしを
再び上げた。
しかし、安倍は「いつまでこの問題にこだわるのか」というスタンスで
まともに答弁しようとしない。

顕著だったのは「昭恵夫人森友学園とずぶずぶの関係だった」と
指摘されて、「ずぶずぶなどという品のない表現を使わない方が良い。
そんなことだから民進党の支持率は低い」と、得意の民進党ディスり答弁
展開した。

今更言うまでもないことだが、国会という言論の府において党の支持率など
関係ない。

選挙で国民の代表として選ばれた代議士である以上、その言葉は国民の声を
代弁していると見なす
必要がある。
支持率の低い政党であろうと少数政党であろうと、その原理は同じである。
党そのものの悪口を言うのは、政党政治の原則を無視している。
恐らくこの手の発言がネトウヨに受けているので、調子に乗って続けて
いるのだろう。

「ずぶずぶ」は確かに品のない表現ではあるだろうが、いずれにせよ安倍は
自身および昭恵と森友学園との関係について説明責任を果たさなければ
ならない。

昭恵はFacebookで、誰が書いたか分からない釈明文を掲載した後、
沈黙を続けている。
民進党は記者会見、参考人招致、証人喚問を要求しているが、
自民党は一貫して拒否。
昨日は籠池氏の参考人招致自民党は認めなかった。

籠池氏はヒアリングにおいて、財務省と交渉していた時期に昭恵に対して
「その都度報告していた」
と答えている。
籠池夫人は特に昭恵と昵懇の仲で、電話で長時間の会話に及ぶことも
しょっちゅうだった
という。
昭恵は森友学園の教育方針に感激していたので、小学校設立の計画に際して
「何かできることはありませんか」と自ら積極的に関与しようとしていた
節がある。

安倍は一貫して籠池氏を嘘つき呼ばわりしているが、籠池氏が提供した
音声データは「本物」と財務省は認めた
ので、無視し続けるのは無理がある。
籠池氏サイドからこれだけの証言が出ているのだから、それを受けて
昭恵や迫田秀明(当時の財務省理財局長)の証言を聞く必要があるのは
当然ではないか。
この二人を証人喚問で問い質せば、関与の有無はたちどころに明らかになる。
悪魔の証明」と言って逃げ回ることはできなくなる。

さらに安倍晋三の傲慢ぶりが表れたのが、「読売新聞を熟読しろ」という
大問題となる発言である。

そもそも、ビデオメッセージと読売新聞のインタビューは
自民党総裁」という立場で言葉を述べており、国会では「首相」という
立場となるので真意を述べられない、という理屈がよく分からない。
「首相」ならば公の場で持論を展開してはいけない、ということなのか。
ならば施政方針演説などはどうなるのか。

それに伴う「読売新聞発言」は、行政府の長である最高権力者が
特定のメディアにしか真意を語らない、と明言した
も同然である。
恐らく出来上がった原稿も校正したのだろう。
正しく真意が書かれている、と確認したからこそ、ここまで自信満々に
「熟読しろ」と言えたのだ。

権力者がインタビューを受けるメディアを恣意的に選択する(恐らく
思想的立場を考慮して)ということは、あってはならない。

権力者とメディアが「ずぶずぶの関係」として結びつくことの
始まりである。
戦時日本がその状態であり、当時の新聞は政府と大本営の広報紙と化した。

本来ならば、読売新聞は安倍の発言に抗議しなくてはならない。
しかし、主筆渡辺恒雄が安倍と「ずぶずぶの関係」だろうから
無理だろう。
安倍の発言を受け入れた時点で、読売新聞はメディアとして死を迎えた。

同時に、安倍は国会での議論を無視したのだ。
ビデオメッセージもインタビュー記事も自身の考えを一方的に述べたものだ。
「自分の言いたいことは既にこちらで述べてある」というのでは、
議論が成り立たない。

恐らく、野党には力がないから、うまいこと自身の答弁を避けておけば
あとは憲法審査会の方で「忖度して」くれるだろう、
という思惑ではないか。

安倍は、「9条を改正した」というレガシーさえ残ればそれでよい、という
考えを持っているのみである。
自民党改憲草案の「2項削除・国防軍の規定追加」は簡単に議論が決着する
ものではなく、自身の任期終了までに間に合わない可能性が高い。
だから、比較的賛同の得やすい「自衛隊の規定追加」に変更してしまった。
ポリシーもへったくれもないスタンスだが、そういった打算的な考えを
見抜かれては困るので、真意の明言を避けるのだ。

そのために利用したのが、読売新聞である。
別に産経新聞でも良かったのだろうが、読売新聞は独自の改憲草案を
たびたび紙面で発表しているので、自身の意図が伝わりやすいと
考えたのかもしれない。

日本国民は、民主主義国家の国民として、
権力者の安倍晋三に抗えるだろうか。

日本国が死を迎えるかどうかの瀬戸際が、この平成29年に一点集中している
ように思う。