憲法に対して国民が敏感になれるか

本日は憲法記念日ということで、NHKでは『施行70年 いま憲法を考える』
という討論番組が放映され、毎日新聞憲法の特集記事に多くの紙数を
割いていた。
読売新聞は、恒例となっている独自の「改憲草案」を今年も掲載した
らしい。
ちなみに毎日新聞世論調査では、憲法改正について
「賛成:48% 反対:33%」
という結果だった。

もちろん議論すべきテーマは山ほど存在するが、それにしても国民は
憲法についてどのような認識を抱いているのだろうか。
単純に「法律の親玉みたいなもの」と思っていないだろうか。
あるいは金科玉条のように不変であるべきもの」と思っていないだろうか。

私は団塊ジュニア世代であるため、小中学生時代は日教組御用達の
左翼教育をたっぷり受けていて、その洗脳は社会人になるまで
なかなか抜けなかった。
9条に疑問を呈するだけで右翼扱いされていた時代なので、
思考が膠着するのも仕方がなかった。

そこに風穴が開けられた時代が到来したが、では憲法に対して真剣に
熟考したかといえば、そのレベルには到底及んでいなかった。
9条に「NO」と言ってもよい、戦争は外交の一手段である、という
これまでには有り得なかった自由な考え方に触れて、
単に浮き足立っていただけであったような気がする。

あるいは、保守系論者が言う「GHQ押しつけ憲法」という表現に
「反米」の心理が反応して、日本は独立国家なのだから自主憲法を、と
いう論理に簡単に丸め込まれていた。

結果、調子に乗って、大して勉強もせずに天下国家を論じていい気になる、
というネトウヨへと転落していったのだが、それはまた別の話。
ともあれ、私の世代では、憲法の議論は「9条」か「GHQ」ばかり、という
状態が長く続いたという感覚がある。

そのため、「そもそも憲法とは何なのか?」という問いについて考える
ことがすっぽり抜け落ちていたと思う。
大人たちはは、子供からこのように問われて即答できるだろうか。

憲法は、権力を縛るものである。
別の表現を用いると、
憲法の名宛人は権力者、法律の名宛人は国民」
となるらしい。
つまり、憲法と法律は全くの別物だし、時代に応じて改正していくことで
国民の権利を保障していくもの
でなければならない。

ここ数年、安倍政権の暴走がすさまじい。
腐敗しているが、それをものともせず、安保関連法案、TPP法案、
カジノ法案といった国民の過半数が反対している政策を次々に
通しており、今また共謀罪も可決に持ち込もうとしている。
そんな私利私欲まみれの権力が、憲法改正を目論んでいるのだ。
危険視しない方がおかしい。

しかし、「9条」と「GHQ」についてばかり考えてきた国民は、
権力の暴走はともかく時代に応じてそろそろ改憲、と考えてしまう。
権力を縛ることに鈍感なのだ。
いくら何でも滅多なことにはならんだろう、と楽観視しているのかも
しれない。

自民党の「改憲草案」は全く容認できない内容だが、
その中でも「緊急事態条項」は看過してはならない。
戦争、テロ、大規模自然災害のいずれかに直面した際、
首相が一方的に「緊急事態」を宣言することにより、国民の権利を一時的に
制限
して中央集権体制をつくることができる、というものだ。
権力を縛るはずの憲法が、逆に権力の行使範囲を拡大してしまっている。
そして、憲法に護られるはずの国民の権利が制限されてしまうのだから、
「権力者のための憲法となっている。

さらに許しがたいのは、要件にテロと災害を挙げていることだ。
「緊急事態条項」がなしでは、テロと災害から国民の生命や財産を守る
ことができないかもしれませんよ
、と言っているのだ。
国民の不安を煽る、もっと言えば脅しを突きつけているだけである。
霊感商法による詐欺犯罪者よりもたちが悪い。

また、「改憲草案」には「道徳」に関する文言がある。
「家族は助け合うこと」と、国民の生活に縛りをかけている。
憲法上の国民の義務は「労働・納税・教育」であり、これらは国家と国民の
間での「契約」のようなものである。
家族の有り様は人それぞれであり、ましてやそこに国家が入り込む
余地などない。

児童虐待児童相談所、DVは地方自治体や家庭裁判所といった
公の機関が対処しており、国家に「助け合うこと」などと命令される
いわれはない。

「9条」と「GHQ」しか考えてこなかった国民は、上記のような
国家権力の肥大について書かれてもピンとこないかもしれない。
連休明けに審議が予定されている共謀罪にしても、「テロ等準備罪」と
名称を変更しただけで、「海外でテロが頻発しているので賛成」という
短絡的思考に基づく意見が続出してしまう。
勉強すべき若者が本や新聞を読まず、スマホネット世論に同調してしまう
だけなのだから、どうしようもない。
ネットさえあれば幸せ、という連中は、自分たちの権利や行動が
制限されることに無関心なのだろう。

私個人は、「将来的には」という但し書きを付けた上で、
憲法は改正すべきだとは思う。
9条が「世界一美しい」「ノーベル平和賞を贈るべき」といっても、
ここまで拡大解釈されて形骸化してしまっては保守する価値がない。
「9条」が一人歩きして、「9条を守る」ことが目的化してしまっては
何の意味もない。

安保法制が可決されたので、9条の下で戦闘行為(安倍や稲田が
言うところの勢力の衝突)が可能になっている
のだから。
よって、無為な「侵略戦争」を行わないためにも、9条の文言を改正して
権力をがっちりと縛らなければならない。

その他、首相の選任事項である衆議院解散権、参議院の立ち位置、
知る権利や環境権など、考慮すべきテーマはたくさんある。

ただ、安倍政権の下では改憲させない。
というか、現在の自民党そのものが不支持であるので、当分の間は
改憲に賛成することは出来ない。

民進党が一体となって力を付けるにはまだまだ時間がかかるだろうし、
共産党自民党に対する攻撃は良いけど信用できない。

権力の横暴を阻止するのは、国民の意識である。
「ゴー宣道場」で師範を務める倉持麟太郎弁護士は、
映画「JFK」で述べられた次のフレーズを聞いて弁護士を志したという。

「真の愛国者というものは、政府から国を護るものである」

今の国民に、自分たちが国を護る、という意識があるだろうか。
「やってもらう」という意識しかなければ、ドレイになるだけである。