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責任を全うするつもりがない雁屋哲

福島第一原発事故で思い出すのが、『美味しんぼ』の「鼻血問題」だ。
以前、原作者・雁屋哲が書いた自説批判への反論本
美味しんぼ「鼻血問題」に答える』を読んでみたことがある。
あまりに自己中心的な内容であったことに憤り、このブログで3回に渡って
批判した。
今になってその部分を読み返すと、少しズレた記述もあって赤面するが、
「この時、自分はこう思っていた」という記録なので、そのままにしている。


それにしても、当の「鼻血問題」が2014年、反論本出版が2015年で、
随分と月日が流れたが、『美味しんぼ』の連載が再開されたという話は
聞かない。
雁屋哲は今、何をしているのか、公式ブログで確認してみた。


やはりファンから「連載再開はいつになるのか」という問い合わせが
来ているらしい。
しかし、雁屋は「自分の一存では決められないので、もう少し待って
ほしい」と答えていたのみだった。
そもそも連載休止した理由が不明であり、その後も『美味しんぼ』の
ための取材を敢行した形跡もない。
もうやめたがっているのではないか!? とも思うが、少なくとも
応援してくれているファンにはきちんと説明したほうがよいのでは
なかろうか。


そこはまあ雁屋の個人的問題として深く追及しないが、
『~「鼻血問題」に答える』であれだけ放射能汚染の危険性を強調し、
福島の食に対する並々ならぬ愛情を綴っておきながら、
ここ数年間、被災地への取材を全く行っていないというのは解せない。


震災発生当時、雁屋はブログで以下のような文章を書いていた。

「今政府は、半径10キロ以内の住民の避難を勧告しているが、
10キロどころで収まる訳がない
福島原発の数10キロ四方の土地はこれから、数千年、数万年人が近寄れない
土地になる
だろう。周辺の魚も全部食べられなくなる」
(「ウィキペディア」記事より引用)


「鼻血問題」も含め、主観が強すぎるのではないか、風評被害を助長する
のではないか、という懸念が生じる。
実際、当時はワイドショーでも取り上げられるほどの問題となった。


しかし、雁屋はそういった世間からの批判に対し、
『~「鼻血問題」に答える』という不十分な反論を行ったのみであり、
その後は完全に原発問題から撤収してしまったのだ
ブログを見る限り、現在は福沢諭吉批判本の出版とそれに関連する
講演活動で大忙しのようである。


こういう態度を、世間一般的には「無責任」という。


雁屋哲は、その創作活動や発言内容が世間に一定の影響を与えるのだから、
れっきとした「公人」である。
「公人」が自身の見解を著作物やブログというかたちで「公共の場」に
発表したのだから、その始末はつけなければならない。

理性的な批判があれば、真摯に受け止め、自身の思考過程に誤りがないか
再検証
する。
説明不足を感じたのであれば、可能な限りで情報公開すればよい。
「常識」を持った大人であれば、当たり前の行動である。


しかし、雁屋はこれが出来ない。
自説を疑う、ということが出来ない。
「絶対に正しい自分」を批判する奴らは何もわかっていない、
間違っている
、という尊大な態度が、『美味しんぼ』連載当時から
ずっと続いている。
よって、「自分を批判する日本人」はおかしいのであり、
そのような日本人によって構成されている日本社会は狂っている

という理屈になる。
「自分は日本社会になじめない」と勝手に判断して海外に飛び出し、
海外からネチネチと日本社会批判をする勘違い国際人と同じような
論理だ。


「公人」が「公共の場」に自説を発表したのならば、説明責任が
発生するのは当然のことである。

言論の自由」が認められる裏側には、求められれば当人はその言論について
説明する責任を負う、ということであり、批判されればその言論について
検証する義務がある、ということである。
憲法でそこまで明文化されてはいないが、当たり前ではないか。
際限なく認められる自由など、存在しない。
よって、雁屋がよく用いるフレーズ「日本には言論の自由はない」は
誤りである。
責任も義務も負わない人間が、自由を謳歌できるわけがない。


少し話がそれてしまったが、雁屋は放射能の影響において誇大表現を
用いた「疑い」があるのだから、その後の経過を調査する取材を行う
責任がある

福島の食文化に対する愛着が強いのであれば、なおさらだろう。
震災から6年経過して、農業や水産業の現状がどのようなものであるか、
取材したいと考えるのが普通である。


しかし、雁屋はそういった「公的な責任」「個人的な愛着」
放り出してしまった。
「何故、今?」と首をかしげたくなる福沢諭吉批判本にかかりっきり
なのだから、単なるジコチューと言われても仕方がない。

主にネットでは、雁屋哲は「反日左翼」として批判にさらされてきた。
しかし、私はそういった私的なイデオロギーには関心がない。
所詮は漫画原作者に過ぎず、学者でも思想家でもジャーナリストでもない
のだから、放っておいてよいと思っていた。
ただし、こうした「ジコチュー=エゴイズム」と感じられる態度には
大きな憤りを感じる。

それ自体は、前述したように『美味しんぼ』連載当初からそのような
雰囲気が詰まっていたのだ。
機会があれば、『美味しんぼ』批判というかたちで書いてみようかと
思う。