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「自称保守」「自称愛国者」は必ず堕落する

マスコミが「森友学園への国有地払い下げ」の報道に力を入れ始めた。
塚本幼稚園では、運動会で「頑張れ、頑張れ、安倍首相」「安保法制が
通過してよかった」などと唱和させていたことが判明。
言葉の意味も分からない幼児に一方的な価値観を押し付けているのだから、
立派な思想教育である。
こんなものは「日本の伝統」ではないし、「愛国心を育む」ものでもない。
もし、言うことを聞かない幼児がいれば咎められるのだろうから、
やっていることは北朝鮮と同じである。


ただ、森友学園の教育方針の異常性を際立たせるだけでは良くない。
問題は、この学校法人に便宜を図るべく政治が介入しただろう、という
疑惑を明らかにすることだ。


安倍晋三は、今日もますます「しどろもどろ」になっていて、
やたら饒舌に喋っているがもはや何を言っているのかよく分からない
状態である。
徒に審議時間を長引かせているのではないか、という気もする。


安倍の主張(という名の弁解)をまとめると、こうなるか。
1)籠池理事長とは個人的な面識はない。
2)塚本幼稚園に足を運んだことはない。
3)自分の名前を使って寄付を募っていたのは今初めて知った(2月17日の国会答弁)。
4)先方からの「名前を使わせてほしい」という申し出には何度も何度もお断りした(2月24日の国会答弁)。
5)森友学園の教育方針については具体的な内容は知らなかった。
6)籠池理事長の教育熱心ぶりには感銘を受けていた。
7)安倍昭恵は半ば強引に名誉校長に仕立て上げられた。


これら全てを「信じろ」というのだ。
お分かりの通り、3)と4)は明確に矛盾している。
問題が大きくなったから、「今初めて知った」ということはナシにして、
「何度もお断りした」と言い換えたのだ。
5)と6)もおかしいだろう。
具体的な教育方針について関知しないのに、「教育熱心ぶり」だけに
感銘を受けることなどありえない。
7)は籠池理事長が「昭恵夫人に了承していただいたと理解している」と
正反対のコメントを出している。
事実関係を洗えば、1)と2)も崩れるかもしれない。


また、役所関係でさらなる事実が発覚。
大阪府「借入金のある幼稚園法人」の小学校設立は認めない、という
基準を敷いていた
が、それを緩和してほしい、という森友学園の申し出を
受け入れていた
のだ。
あっさりと基準を緩和したわけだが、これが適用された(つまり、借入金を
抱えながら小学校を設立した)のは森友学園だけである。


さらに、財務省が国有地を賃貸契約から売買契約に移し、それについて
分割払いを容認したのは本件のみ
国交省が埋設物の存在を理由に8億円近い「ディスカウント」を実行した
のも本件のみ


あまりにも特殊すぎる処理や取引が組織横断的に行われ、しかもそれが
全て「森友学園のケースのみ」限定されている

これを偶然の一致として「信じろ」というのだ。


安倍は国会でよく、
「私がそんなことを言う訳がないじゃありませんか」
という物の言い方をする。
何をか言わんや。
国の最高権力者の疑惑を追及するにあたって、その人間性を鑑みろ
と言うのだ。
笑止千万である。


多くの国民が「安倍ならやりかねん」と思っているから、
疑惑が消えないのだ。
しかも、その国会答弁が「しどろもどろ」だから、疑惑が確信に変わって
いるのだ。
そこで自分の人間性を「信じろ」と言って、だれが耳を貸すというのだ?


籠池理事長の参考人招致が要請されたようだから、きちんと事実関係を
話してもらおう。
安倍は完全に森友学園について「知らぬ存ぜぬ」で切り捨ててしまったから、
少しは憤りを感じているかもしれない。
反旗を翻して、同士討ちを演じてくれればありがたいのだが。


それにしても「保守」を自認し、「愛国心」「日本の伝統」を大切にする、
と謳っている連中が、ここまで堕落して醜態を晒す、という姿は
ある意味では必然の事態なのだろう。

本来の保守は、不変の思想やイデオロギーではない。
文字で簡単に表現できるものではないし、かたちや外面を繕えば良いという
ものでもない

「これで私は保守だ」と思考停止した時点で、その人間はもう保守では
ないのだ。