読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

熱かった「ゴー宣道場」

2月12日(日)、小林よしのり氏が中心となって立ち上げられた
「ゴー宣道場」という討論イベントのニコ動生放送があった。
議題は「大御心か、権力か」。
小林氏以下、各師範方が最大の関心を抱いておられる天皇陛下の「生前退位」の
問題について議論を交わす、というもの。


ゲストとして、民進党細野豪志議員と山尾志桜里議員が参加。
お二人とも熱心な尊皇派である。
国会会期中でお忙しいだろうと思うのだが、現役の国会議員がこうした
イベントに駆けつけて生の声を発する、というのは、同じ尊皇派である
我々としては実に頼もしかった。


野田佳彦幹事長も含め、民進党には皇室典範改正をして恒久的な譲位および
即位の規定を定め、加えて女性・女系天皇の即位および女性宮家の成立を
可能にしていく考えを主張する議員が多い。
実際、民進党が発表した論点整理は、有識者会議のものよりはるかに優れた
内容であった。
そして、党として「皇室典範改正」を求めていくことで一致したのだ。
これは「天皇陛下のため」「皇位継承を永続化するため」であって、
決して「政争の具」にしているわけではない。


我々尊皇派も、昨年の「玉音放送」を受けて随分と勉強し、理論武装することが
できた。
よって、「一代限りの特例法」「男系固執」といった考えは、脳内で
シミュレーションすることによって、簡単に論破できるような気がする。
要するに、ノイジー・マイノリティが持論をわめいているだけで、
状況としては完全に答えが出ているのである。


そんな中、上述した生放送は完全無料放送で公開された。
小林氏が、極めて重要な回になるから、という意向を示したからだ。


となると、湧いて出てくるのがネトウヨである。
「男系固執派」から「アンチ小林よしのり」まで、とにかく動画にコメントを
投稿しまくって場を荒らそうと考えるのだ。
我々としてはそれを放置するわけにはいかないので、生中継を視聴しながら
こちらも負けじとコメントを投稿していった。


結果、コメントに関しては、質量共に尊皇派の圧勝であった。
基本的にネトウヨは誹謗中傷や揚げ足取り批判しか出来ない。
民進党のお二方に関して、過去のスキャンダルなどを持ち出して
「○○はどうなった!」と「追及」するばかり。
挙げ句の果てに、いまだに蓮舫の「二重国籍」に言及し(恐らく、もう日本国籍
オンリーになっていると思うが)、「党首がダメだから民進党はダメ」などと
言い放つ始末。
単なる民進党の悪口(それも中学生レベル)を書くことが、我々のダメージに
なるのだと信じ込んでいるらしい。


一方、「男系固執派」は、男系こそが日本の皇室の伝統だ、と主張する。
そして、旧宮家復帰や養子縁組を実行すれば、男系で皇統を維持できる、
という。
側室制度を復活させろ、という奴までいた。
大抵は竹田恒泰八木秀次に洗脳されている連中なのだろう。


面白かったのは、そうしたネトウヨや「男系固執派」がぽろっと一言
投稿すると、我々尊皇派の方から大量の反論コメントが流れ出ていた
ことである。
どれもこれも共感できる内容。
私も含め、多くの尊皇派が小林氏の『天皇論』『新天皇論』を読んでいて、
正しい知識を自分の血肉として取り入れているのだ、ということが
手に取るように分かった。


よって、荒らし連中の威勢が良かったのは冒頭辺りまでで、後は一気に
トーンダウンしてしまった。
誹謗中傷やドグマを常識的な正論で返されてしまうのだから、
何も言い返せない。
そもそも無知な奴ばかりだから、「男系は古代シナの伝統」と言われても
理解できないのだ。
自分たちにさらなる援軍がつくはずもなく、結局はすごすごと退席して
いったのだろう。


私としては、「尊皇」という日本人として常識的な感覚を多くの人間と
共有できた、というのが嬉しかった。
実はニコ動のコメント機能にはやや否定的な印象を抱いていたのだが、
こうした実利的な効能があることを発見できた。


もっとも、気持ちが盛り上がってめでたしめでたし、だけでは良くない。
高森明勅氏は、個人で出来る「戦い」として、自身の選挙区の国会議員
コンタクトをとってみる、という方法をブログで推奨している。
民進党あるいは自民党の議員の事務所に対して、手紙を書いてみるというのも
良いし、電話するのでも良い、事務所を直接訪問するのでも良い、と
書いている。
ただし、決して感情的にならず、理性的なスタンスを貫かなければならない、
先方への礼節も忘れてはならない、と強調している。
確かに我々でも出来る「戦い」である。


いよいよ大詰めである。
この議論を経て、民進党はどこまで成長することが出来るのか。
逆賊どもにどのような顛末が待ち受けているのか。
平成の世に生きる国民としては、陛下のお気持ちを尊重し、恩返しをする
ためにも、意識を高めておかなければならない。