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朝ナマ「激論!象徴天皇と日本の未来」

9月30日深夜に放映された『朝まで生テレビ』の
「激論!象徴天皇と日本の未来」を録画して視聴した。
天皇について取り上げるのは前回に引き続いたもので、司会の田原総一朗氏が
「これほどの大きな問題なのに、マスコミがほとんど取り上げない」という
自体に業を煮やしたからであるらしい。
前回は、いわゆる「男系固執派」のトンデモ発言のせいで白けた雰囲気にも
なったが、今回は多角的で落ち着いた議論になっていたのではないか、
と思う。


実際、私は天皇論については小林よしのり氏や高森明勅氏の文章を読むことが
多いため、どうしても情報や見方が偏ってしまう。
他の立場の保守、あるいはリベラルの見解を聞くことが出来たのは、
非常に勉強になった。


以下、今回の出演者を私なりの判断で、立場ごとに分類してみた。


▼「皇室典範改正」「女性・女系天皇」「女性宮家創設」賛成派
小林よしのり氏、高森明勅氏、萩谷麻衣子氏、大塚耕平


▼「同上」反対派
平沢勝栄氏、八木秀次


▼男系カルト派
竹田恒泰


竹田恒泰に少し影響されちゃった派
杉田水脈


▼リベラルだから本来は「天皇制」にあまり興味ない派
三浦瑠麗氏、青木理


この中で、相変わらず異常とも言える醜態を晒していたのが
竹田恒泰である。
前回よりは迷言は大幅に減ったが(少し反省したのだろうか)、
「皇室では女子が9人連続で誕生している。これは確率にすると512分の1。
だから、次は女子はない」という「竹田流確率論」には大笑いした。


ただ、この小学生レベルの発言の裏には、「出産を続けていれば、いずれ
男子は誕生する」という無知蒙昧からくる傲慢な意識が存在する。
良識ある人間ならば、妊娠はある種の奇跡のようなものであり、
子を授かりたいために苦しい不妊治療を受ける女性が多いことは
誰でも知っている。
妊娠期間中、女性は心身ともに苦痛を伴うし、出産は命懸けの行為だ。
しかし、竹田は「皇統存続のために、どんどん産め」と言っているのだ。
これは皇室の議論と関係なくとも、「女性は子を産む機械」と見なした
女性蔑視発言だろう。
だから、リベラルで議論を外から客観視している三浦瑠麗氏に
簡単に足元をすくわれてしまうのだ。


また、竹田は議論を行うスタンスにはなくk、自分の意見を一方的に
主張するためだけにテレビ出演しているように思う。
他者の意見に対して「そう考えるのは、あなただけです」とか
「そんな意見、誰も賛成しません」という返し方をするのは、
議論ではなくただの口喧嘩である。
竹田は「ニコ動」で自分のチャンネルを開設して自論をしゃべりまくって
ネトウヨやエセ保守からチヤホヤされているらしいし、レギュラー出演
している『そこまで言って委員会NP』では「ユニークなキャラ」として
扱われているから、自尊心ばかりが育っているのだ。
だから、自分の誤りや敗北を認められない、という極めてお子様な
一般国民になっている。


天皇や皇室についての専門知識はいっちょまえに持っているから、
振られてもいないのにいちいち議論に絡んでくるのは、「明治天皇の玄孫」
という肩書から来るプライドのためだろうか。
もっとも、自身が蔑んでいる「女系」の玄孫であるのだが、
前回では「遡れば男系ですよ」と憮然としながら答えていた。
でも、遡ること数百年といった単位であり、それで男系として良しと
するのであれば、現在における「女系」の議論ってどういう意味があるのか、
よく分からなくなってくる。


竹田について書いてばかりという訳にもいかないので、他の出演者にも
触れていこう。


今回、驚いたのは、特措法推進派である平沢勝栄氏と男系論者の権化と
言われている八木秀次氏が、「ひょっとして、内心はぐらついているんじゃ
ないか?」と感じられる言動を行ったことである。


発言の詳細は覚えていないが、確か自民党は特措法で問題を解決する
ことと決めたのか、といった点を問い詰められた平沢氏は、急に口調が
モゴモゴとなって喋りにくそうに苦しい言い訳をしていた。
また、八木氏は「今上陛下は全身全霊を傾けて、象徴天皇としての在り方を
我々国民に見せてくださった」という、そのものずばりの満点回答を出して、
小林氏から「分かってるじゃない」と褒められていたのだ。


つまりこの両者、強硬派というには程遠く、実際には典範改正するのが
本道だろう、と感づいている。
でも、自身の立場を鑑みる――保身のしがらみ――に囚われているから、
素直に「典範改正賛成」とは言えないのではないか。
平沢氏は自民党議員だから、党の方針に反対の意を示すわけにはいかない。
八木氏は憲法学者だから、後に「八木はこの時に典範改正に賛成した」
という履歴を残したくない。
あくまで無難に、無難に。
面倒なことは先送りに。


これがエセ保守の政治家や学者の正体である。
人間として非常に矮小。
リスクを冒して保守を貫く信念がまるでない。
なまじ妙な知識を持ち合わせているものだから色々と理屈をこねて庶民を
たぶらかしているが、言っていることは「賛成を表明するのは、怖い」
ということだけだ。


竹田は男尊女卑カルト教教祖だから生理的嫌悪感を抱くが、
こういったエセ保守には唾を吐きかけたくなる。
そこまで我が身が可愛いのならば、いっそのこと沈黙を保ってくれ、と。


結局、カルトや屁理屈に打ち勝てるのは、「庶民の感覚」を語れる
小林よしのり氏、そしてその言論を正しい専門知識でサポートする
高森明勅氏のコンビだった、ということになる。


実際、天皇や皇室を敬うという気持ちは、思想や理屈によるものではない。
ヨーロッパの「王権神授説」やシナの「易姓革命」というような
考え方は存在しない。
昭和天皇今上天皇もそれをよくご存知だったから、国事行為や祭祀だけ
ではなく、地方の行幸や慰問といった公務を実行して国民との距離を
近づけていったのだ。


そういう意味では、いわゆる「天皇制」と民主主義は併存可能なのか、
という問いかけを青木理氏が提示したのは興味深かった。
これには『民主主義という病い』を著した小林氏も「我が意を得たり」と
いった表情をされていたので、今後じっくりと考えていくべきテーマに
なるのだろう。


あと、戦中の少国民世代である田原総一朗氏が、「戦争の責任者である
昭和天皇が裁かれない、処刑もされないというのはおかしいと思った」
「戦後に蔓延した共産主義は素晴らしいと感じていた」「しかし、ソ連
取材に行った時に酷い言論統制を目にして、共産主義は誤りだと気づいた」
という告白をしていた。
本題から少しずれた内容ではあるのだが、こうして過去の自分の過ちや
考えの至らなさをきちんと把握し、それを全国放送で述懐するという態度は
それだけで立派なものに映った。
今の日本には、それが出来ないネット民がうじゃうじゃ存在するが、
外野は放っておいて我々は自分なりに思考を深めていけばよいのだろう、
と思う。