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『朝生』の「天皇の生前退位」議論

天皇の生前退位」がテーマとなっていたので、久しぶりに『朝まで生テレビ』を
観た(録画であるが)。


驚いたのは、竹田恒泰が臆面もなくバカを晒していたことだ。
頭が悪いとは思っていたが、ここまでバカだったとは。


まず、「昭和天皇の在位期間に比べて、今上天皇はたかだか28年だ」と
期間の長短を語っている。
長いから偉い、短いからもうちょっと頑張れ、という話ではないのだが。
しかも、国民の8割近くが生前退位に賛成しているのに、
「国民の意識など、秋の空のようにすぐに変わる」
と言ってのける。


それでいて「女性天皇」に関しては、
「今現在、こうして議論になっている。天皇は日本国民統合の象徴だから、
意見が二分するものであってはならない」
と主張する。
その上で、
「私は以前から、旧宮家出身の男子を皇族に養子として迎えるという案を
出している。これを皇室典範で可能にすれば、皇室が絶えることはない」
と言う。
女性天皇」についても国民の7割から8割が賛成していて「意見が二分」という
状態ですらないのだが、竹田はそれも「秋の空」と言って切り捨てるのだろうか。
そして、自身の「養子案」が国民から圧倒的支持を受けると本気で
信じているのだろうか(ちなみに私の母親は、そんな皇室は到底敬うことは
できない、と言っている)。


竹田は「皇室で大事なのは血だ」と言う。
それはその通りだが、ならば何故わざわざ「血の濃い女子」より
「血の薄い男子」の方を優先せねばならないのか。

実際、田原総一郎氏から「男女同権の現代で、何故女系女子がダメなのか」と
問われても返答できない。

また、ちょくちょく差し挟む例えがおかしい。
「このままでは皇室はいずれ絶えるという。だからといって現状の制度を
変革するというのは、いずれ亡くなると分かっている病人を死なせる、
いずれ朽ち果てると分かっている法隆寺を壊すというのと同じ事だ」
女性天皇は原理的には認める。でも、女系はダメ。それは女系を認める
入り口になるから(←この時点で意味不明)。女性を口説くときに
まずお茶に誘って食事に誘って、と少しずつ行動を広げていくのと同じ」
もう、何を言っているのか分からない。


そういえば、「昭和天皇が病床に伏せられたときには、生前退位の議論なんて
出なかった。あれはどう解釈するのか」とも言っていた、
こいつは、終戦後のタイミングで昭和天皇戦争責任」という文脈で、
在野では生前退位の議論が出ていたことを知らない
らしい。


昭和天皇実録』について解説した『昭和天皇は何と戦っていたのか』に
よると、マッカーサーから「退位しないでほしい」という希望を極秘に
伝えられていたことが記されている。
だから、昭和天皇は公に表明はしなかったが、戦争責任を生涯自分だけで
背負い続ける覚悟を決めたのだろう、と想像できる。
旧皇族でありながら、こんなことも知らないのだから呆れ果てる。


同様に「日本会議」に所属している百地章も相当におかしい。
女性天皇は過去に8人存在するが、いずれも繋ぎにすぎなかった、
というのだ。

聖徳太子摂政に擁して隋(当時のシナ)と見事に渡り合った推古天皇
藤原京を造営した持統天皇が、繋ぎにすぎなかったとはとても思えないのだが。


しかも「医学の進歩によって、皇室の血統は守られる」という妄言を吐いている。
いくら進歩しているといっても、男女の産み分けなんぞ出来ないだろうに。
それとも「血が大事」という意味で、今のうちに生殖細胞を採取して
培養しておくとでもいうのだろうか。
病に倒れても人工心臓でも付けて公務を行え、というのだろうか。


これらのバカバカしい主張が、陛下の「お気持ち」に全く沿っていない
ということは明白だ。
決して医学でどうにかなるような健康問題ではなく、「身体の衰え」という
不可逆的な要因により、「象徴のつとめを果たしていくことが、難しくなる」と
陛下はおっしゃっているのだ。


また陛下は、
「日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に
生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、
今日に至っています」
と述べられた上で、
「皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を
築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、
安定的に続いていくことをひとえに念じ」ておられる。
これを読めば、男系男子に拘り、女性宮家を認めないという、
皇室が先細りになっていく現状に懸念を抱いておられることは
明らか
だろう。


今回の議論において、要所で素晴らしいコメントを出していたのが、
国際政治学者の三浦瑠麗氏だ。
「保守の方々は、何故陛下のお言葉よりも自分達の主張の方が正しいと
思えるのか」と、見事に竹田と百地のエセ保守ぶりを見抜いてしまった。
竹田は「自分はエリート」という自尊心にまみれているので、
態度が傲慢そのものだ。
この凄まじい劣化ぶりは、「旧宮家男子を皇室に養子に迎える」という
自説の非現実性を身をもって証明してしまっている。


また、自民党平沢勝栄が「本来、生前退位は政治家が先んじて考える
べきことであった。陛下にお言葉を述べさせてしまったのは、全く不徳の
致すところ」とコメントしたことに、民進党大塚耕平が同調したのも
興味深かった。
基本的にこの問題に関しては、保守もリベラルも関係なくタッグを組める、
ということだろう。
「公」についての議論なのだから、そうなるのが自然である。
皇室や天皇そのものを認めない共産党は放っておくとして、9月に招集される
通常国会で深い議論が交わされることを祈る。
でも、首相の安倍晋三が「日本会議」系だから、どうなるのか分からないが。


個人的には、こういったエセ保守が「何故、そこまで女性を拒むのか」が
さっぱり分からない。
皇祖は天照大神だからそもそも女系だと言えるし、女性であるヒミコが
ヤマタイコクを治めていた、という実例などを考慮すると、古代の日本には
男尊女卑という概念自体がなかったのでは、と思ったりする
のだが、
どうなのだろう。
要するに、皇室における女性の立場を大きくするというのは、
元の鞘に収まるだけのこと

本来の保守であるならば、そこまで大きなスケールで考えるべきだろう。
エセ保守もネトウヨも近視眼的で自己中心的だから、そういった発想は
抱けないのだろうな。