NHKスペシャル『私は家族を殺した ~"介護殺人"当事者たちの告白~』

2週間ほど前に、「NHKスペシャル」を録画して観た。
タイトルは、『私は家族を殺した ~"介護殺人"当事者たちの告白~』。


もちろん、重い内容である。
しかし、この現実を我々現役世代は受け入れる必要がある。
国民だけではない。
自治体が、官公庁が、政治家が事実を知る必要がある。
放置していては、絶対に解決できない問題だからである。


番組によると、現在の日本では「2週間に1度」介護殺人が発生している
のだという。
確かに、近年になって介護殺人のニュースが報じられることが多くなった。
ただ、それを見ていても、私は単純に「介護がよほど辛かったんやろうな」とか、
「感情的になって発作的に手を出してしまったんかな」という程度にしか
考えていなかった。
まあ、そういうケースもあるのかもしれないが、番組で取り上げられていた
個別ケースは、それよりももっと深い問題を抱えていたのだ。


本来はNHKオンデマンドを利用してでも観る価値のある番組ではあるが、
有料サービスを利用するのに抵抗がある方も多いと思うので、
内容をざっとまとめてみる。


全体は、当事者へのインタビューがメイン。
以下、介護殺人に手を出した方々3名。
・Aさん(男性・71歳):腰を痛めて寝たきりになった妻を介護。
・Bさん(男性・50代):認知症になった母親を介護。
・Cさん(男性・51歳):認知症になった妻を介護。


番組ではAさん、Bさんは仮名で、Cさんは実名表記だったが、
ここでは分かりやすくアルファベットの匿名で統一した。
以上の3名に加えて、昨年までデイサービスの施設長をされていた方の
インタビューも収録されている。
そして、合間に高齢者介護に関するアンケートデータが挿入される、
という構成だ。


まず、3名のインタビューについてまとめてみる。


Aさんは、妻を介護するに当たって、最初は張り切っていた。
夫婦水入らずの生活を続けていたから(お子さんがおられなかったのかどうかは
分からない)、乗り切れると思っていたのだ。
毎日日記をつけて一日を振り返っていたので、いずれ妻の身体が良くなる日を
待ちわびていたのだろう。
しかし、妻の方が先に気持ちが暗くなってしまった。
寝たきりであることを近所に知られたくないため、家のカーテンを閉め切って
しまった。
口数も減り、次第に「死にたい」と漏らすようになった。
Aさんは懸命に励ますが、無駄だった。
妻は「自分を殺してほしい」と懇願した。
Aさんは大いに考えた末、「妻を殺して、自分も死ぬ」という決断をした。
日記に書いたフレーズは、以下の通り。
「人生の幕を閉じる」
自分たち夫婦の存在を、世の中から消す、ということだろう。


最期の場所に選んだのは、妻と毎年のようにドライブで訪れていた阿蘇だった。
ここで、Aさん夫婦は「人生の幕を閉じる」はずだった。
しかし、Aさんは妻を手にかけた後、自分の手首や腕を切りつけたが
死にきれなかった。
結果、Aさんは涙ながらに警察に自首した。
取り調べ室でAさんは、何度も捜査官に対して「自分を殺してくれ」と
懇願したが、「生きて償いなさい」と言われて絶望したという。


Bさんの場合は、母親が認知症であったため、介護は過酷を極めた。
まず、会話が通じない。
しかも母親は感情的になると、「日本語ではない何か」を叫んできた、という。
こういったことが続いたため、Bさんはこのように語っている。

私は母のことを母の皮をかぶった化け物だと思っていた。

この時点では、Bさんは苛立ちや戸惑い、混乱といった負の感情で
占められいたのだろう。
しかし、その後にこのような展開となる。

トイレから出てきた母が、「どうやったらこうなるのか」という状態で
寝間着に大便をつけていた。
母は「私は何か悪いことをしたんですか」と泣いていた。
その時、一番つらくて一番可哀想なのは、母本人なんだ、と思った。

この一件を受けて、Bさんは母親を手にかけてしまう。

母を楽にしてやれるのは俺しかいないと決めて、
その2,3日後に犯行に至ってしまった。

番組のインタビュアーが、「どうして弟さんが、介護をしなければ
ならないのですか?」と質問したときのBさんの答えは、重い。
「家族だからです」。


Cさんは罪を償って社会復帰していると言うことなのか、
顔出しで声も変えていないインタビューだった。
自分が介護殺人に手を出してしまったときの心理、
そして他の「加害者」に贈る言葉が、主な内容。


介護というのは、まず自由がない、ということらしい。

根本的なところでいうと一番辛いのはやっぱり自由がないこと。
手足を鎖でつながれた牢獄にいるような感覚。
介護ロボットみたいな感じ。
ただ介護するためだけに、今の自分がいる、生活しているみたい。

介護をしていた母親を手にかけたときの心理については、

倒れているお袋を前にして、ぼーっと呆然と見ている。
眺めているというか、見ているというか。
あのまま放置してお袋がいなくなった方が、これで介護が終わると、
これで自由になれると、あの行動とったんだろうな、と。
それしかない、他に考えてみれば。

同様の「加害者」には、次のように述べている。

介護の事件に関してですけど、「ああ、やっと介護終わりましたね」と、
「お疲れ様」と(加害者に)言いたい。
「お疲れ様」と言ったら失礼かもしれないけど、「良かったですね」とも
言えないし、だから「終わりましたね」と。
その後、罪を償わないといけないので、刑務所に入ったりあるかもしれないが、
それよりも何よりもまず「介護が終わりましたね」と、「終わったんですね」と
声をかけたい、まず。


どの方の言葉も、家族による在宅介護の生々しい現状を伝えている。
介護者が辛抱すればよい、という問題ではない。
被介護者の方も苦しんでいるのだ。
相手に迷惑をかけているのではないか、そして自分は何のために生きているのか、
という罪悪感を抱きながら。
介護者は、そんな被介護者を楽にしてやりたい、と感じたのではないだろうか。


そこまで思い詰めるのは、上でBさんが述べたとおり「家族だから」なのだろう。
赤の他人であれば(義理の父や母などの場合)、適当に手を抜くかもしれない。
しかし、長年信頼関係で結ばれてきた肉親や配偶者であればこそ、
人間としての尊厳を保たせながら「人生の幕を閉じ」させてあげよう、と
考えるのかもしれない。
それをやらないと、自身の尊厳も失われてしまうのだ。

では、特別養護老人ホームにお願いする、という選択肢はなかったのか、と
考える方もおられるかもしれない。
しかし、施設に入居するには、自治体の要介護認定が必要となる。
「要介護」には1~5までの段階があり、最低限3以上でなければ
入居は叶わないのが現状だ。
そして、上で取り上げたBさんの母親のケースでも「要介護2」なのだという。
ある施設では、入居待ちの要介護者は600人にものぼる、とのこと。


もちろん、民間が運営する有料老人ホームというものも存在する。
ただ、これは番組では取り上げていなかったので私の想像でしかないが、
「経済的にその選択肢をとれない」ということではなかろうか。
アベノミクスのエンジンをふかす、などと安倍首相がほざいているが、
現在の日本は格差社会に突入しており、かつての中流層がほぼなくなった、
というのは明らかである。
経済的にも心理的にも追い詰められた、いわば声を上げられない社会的弱者が
介護殺人に手を染めてしまうのだ。


昨年までデイサービスの施設長をやっていた方は、このように語る。

認知症になればみんな施設に入れるか、というとまず無理です。
世の中の構造、社会的な問題で、これからますます認知症の人が増えるから、
本当に今の社会の仕組みやシステムを真剣に考えないと、
これからの介護殺人は永遠になくならず、逆に増えていくでしょう。


最期に少しショッキングなデータを。

介護している相手を「手にかけたい」「一緒に死にたい」と考えたことが、
「ある」「時々ある」:24%
介護経験者アンケート(615人対象うち回答者388人)

介護殺人に至るまでの介護期間(判明した77件中)
1位:1年未満26% 2位:~2年 3位:~3年 4位:~10年or10年以上
NHK"介護殺人"調査)


この番組を観終えて、これはもはや「特別な案件」ではない、と感じた。
決して、感情的になりやすい人やこらえ性のない人ばかりが
介護殺人に手を染めているわけではないのだ。
むしろ、「優しい」からこそ、涙ながらに行動に及んでしまうケースが
確実に存在する。


今後、団塊の世代が80代に達するようになるので、介護現場の悲劇は
増えこそすれ、減ることはないだろう。
我々団塊ジュニア世代が60代を超えればどうなるのか、想像もつかない。


延々と書いてきたが、これ即ち「待機高齢者問題」ともつながる。
「待機児童問題」も深刻だが、こちらも待ったなしの状態だ。
2週間に1度の頻度で、やむを得ず罪を背負う国民が出てきているのである。


この問題を放置しておいて、安倍首相は会見のことしか考えていない。
その改憲にしても、自民党改憲草案」には「家族は助け合うこと」という
噴飯ものの条項が存在するのだ。
要するに、憲法「国は、家族単位に係る社会保障は充実させない」
宣言させようとしている。


結局、安倍首相はほとんど自己満足にすぎない政策ばかりを優先させて、
本当の社会的弱者には目もくれない。
これで「一億総活躍社会」を標榜するのだから、国民を蔑ろにしているとしか
思えないのである。