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「民主主義」の前に思考停止する民衆

昨今、民主主義についての言及が増えてきたように思う。
政治家や知識人にも「これは民主主義ではない」「民主主義国家としては
有り得ない」という発言が目立つようになった。
では、民主主義とはどうあるべきなのか、明快に回答できる人は
どれぐらい存在しているのだろうか。
民が直接メッセージを投げかけるデモ活動は、民主主義なのだろうか。


たまに「憲法9条を守ることが立憲主義であり、すなわち民主主義だ」
という意見も見かける。
果たして、民主主義とは「平和」には欠かせないイデオロギー
なのだろうか。
民主主義さえ維持していれば、戦争には巻き込まれないのだろうか。


疑いがあれば、知識をつけるべし。
民主主義についての基本的な知識を学ぶに当たって、
以下の2冊を読了した。


小林よしのり『民主主義という病い』(幻冬舎)
小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』シリーズは、人によって
好き嫌いが大きく分かれる。
過剰な表現手段によって「正・負」を描き分け、読者に猛烈な
インパクトを与えてくる。


私としては、その「挑発精神」と「読解力のない奴、お断り」という
スタンスが好きなのだが、それは置いておくとして。


本作は、主に「フランス革命」「古代ギリシャアテナイ
「日本の大正デモクラシー」を中心にして、歴史的に民主主義は
どのような位置付けであったかについて考察している。
「民主主義」という訳語、「民主制」と「共和制」の違い、
「民主制」に必要なエッセンスといった基本知識についても
きちんと言及している。


従来の『ゴー宣』とは異なり、氏と秘書の「みなぼん」との会話が
中心となっていて、過激な描写は形を潜めている。
とにかく、いまだに学校の歴史教育が異常なままなので、
知っておくべき知識を持たない世代が増えつつあるのに、氏としても
危機感を覚えたのかもしれない。
読みやすさ、分かりやすさが際立っている。


一方で、2016年に出版されたばかりなので、昨今の内外事情を
組み入れた内容になっている。
果たして、「民主主義を守ろう」という呪文さえ唱えていれば
平和を維持できるのか、各自が自覚を持たないと危険な水域にまで
達しているのかもしれない。
そういう意味では、「平和」とは何か、について考えるにあたっても
適していると思う。


ちなみに、三つ星フレンチを食している場面の描写は、
美味しんぼ』など及びもつかないぐらいに「んまそーーーッ」である。
料理をおいしそうに描く、というのはこういうことなのだ、と
初めて知った。


長谷川三千子『民主主義とは何なのか』(文春新書)
私は本書の方を先に読んでいた。
何しろ、初版が平成13年である。
15年も前にこんな先鋭的な作品が出版されていたのには驚くが、
当然ながら内容は忘れているので、再読した。


上記の『民主主義という病い』とは異なり、こちらは「民主主義の
根本的な定義・理論」を中心にしている。
ともに王政から民主主義に移行したイギリスとフランスの間に
発生した差は何だったのか。
アメリカの「独立宣言」、フランスの「人権宣言」で謳われた思想の
ルーツは何だったのか。
古代ギリシャにおいて、「陶片追放」という制度が成立するほどに、
「僭主(せんしゅ)」という存在が身近に感じられたのは何故なのか。


いずれの場合においても、「民主主義」が根本的に抱えている危険性を
人為的に抑えようとしたときに矛盾が発生する、と説かれており、
少なくとも古今東西における「万能のシステム」ではないことが分かる。


圧巻は、政治学の古典であるホッブズの『リヴァイアサン』についての
徹底解説である。
人間が生まれながらに保有する「自然権」を互いに主張すると、
「万人の万人による闘争」が必ず発生する。
それを回避するには理性で発見した「自然法」が必要であり、
それを得て初めて人間は「自然権」を捨て去ることができる。
これだけでは何のことやらさっぱり――だろうが、気になる方は
是非本書を読んでいただきたい。
学者というものは、ここまで極限に論理を突き詰めてこそ、
「何か」を発見できるのだ、ということがよく分かる。
論法としてはデカルトの『方法序説』の発想と少し似ていて、
私好みではある。


ところが、この「自然権」と「自然法」の概念をいともたやすく
歪曲してしまったのが、『市民政府論』を著したロックだったという。
詳細は本書を読んでいただくとして、いかにも「国民による政治」に
都合の良い内容であったため、「独立宣言」も「人権宣言」も
ロックの理論をベースにしてしまった。
国民主権」「人権」「(本来とは異なる意味の)自由・平等」という
概念はここから誕生し、「絶対不可侵」の価値観として奉られて
現在に到る。


それでも、福田歓一著『近代民主主義とその展望』(岩波新書)によると、
「本家のヨーロッパ」において「民主主義という言葉ははなはだ
いかがわしい言葉であって」「いい意味を持った言葉として確立したのは
第一次世界大戦のとき」であったという。
本書では、何故そのような「印象の推移」が発生したのかについても
説明している。


相変わらず長文になったが、ひとまずこの2冊を読めば(って、私自身が
この2冊以外に民主主義関連の本は読んでいないが)最低限の知識は
身につくはず。
デモ行進して「民主主義とは何だ?」と叫ぶ必要もないし、
アメリカ様がいなければ民主主義は日本には誕生しなかった、と
自虐的になることもない。
何かと「○○は民主主義的ではない」という発言ばかりする
政治家や知識人はバカだと看破することもできる。


ただ、実用的だ、というよりは、2冊とも読んでいて知的に
面白いのである。
ネット巡回するよりは、よほど血肉になる、ということは強調しておこう。