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「東日本大震災避難者の会」展示&座談会

3月10日、つまり「3.11」の前日、大阪・梅田で「東日本大震災避難者の会」
による「避難者あるある川柳」の展示会が催されていたので、足を運んだ。
三番街(梅田地下街)の一角に、思っていたよりも小さなスペースが
設けられており、川柳の他に会の活動報告や関連イベント告知などの
展示物が並んでいた。

「あるある川柳」というと、何だか「笑ってしまうユーモラスな内容」
なのかと思ってしまいそうだが、そういうものではない。
国や東京電力原発を推進する学者共に対する、まさしく心の叫びである。
場内撮影可能だったので、以下に作品を掲示しておく。
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言うまでもなく「避難者」とは原発事故のために他府県への避難を
余儀なくされた人たちである。
しかし、被災地で何とか生活を続ける人たちとは異なり、マスコミが
避難者の生活に目を向けたことはこれまで少なかった。
よって、昨年の夏か秋頃に報じられた「神奈川県の避難者小学生への
いじめ」には衝撃を受けた。
しかもそれは氷山の一角でしかなく、他府県でも同様のいじめが
報告されており、しかも大人が職場や生活空間で嫌がらせを受けるケースも
多いという。

ある避難者は、引っ越しした際に近隣の家に粗品としてタオルを
贈って回ったが、後に町会長がその全てを回収して突き返されたという。
放射能がうつると困る」ということだった。
いい歳をした大人がこんな迷信に囚われ、人間としてあり得ないような
失礼かつ侮辱的行為を平気で行っているのだ。

大阪に移った避難者は、
補助金もろたん? いくら?」
と聞かれたという。
同じ大阪人として恥ずかしく感じる。

会場に足を運んだ時、ちょうどイベントとして座談会が催されていた。
会のメンバーと私のような外からの来場者がそれぞれ意見を述べ合う、
というものだったが、会場の雰囲気が少しぴりぴりしていた。
よく耳を傾けてみると、外からの来場者らしいオッサンが、こともあろうに
原発安全論をぶちかましていた。
そして、「安全なのに、何故避難するのか」と会の代表者を追及していた。

オッサンは言う。
大和川が氾濫しても、復旧が進めば元の土地に戻ってくる」
「○○先生の論文を読めば、原発が安全であることは明白」
「汚染水は安全。何なら、飲んで見せたってよい」

私は呆れてしまった。
天災と人災の区別がつかず、自分と同じ立場の学者の文章しか読まず、
状況的に実践不可能なことを約束して威圧するような人間が、
何の用があってこの会場に来たのか。

会の代表者は非常に冷静かつ理性的に対応していた。
「避難者の会」という立場上、感情的になって無下に相手の言論を
否定することはよくない、と心得ておられるのだろう。
オッサンに丁寧に応答している内容を聞くと、原発放射線についての
専門知識を相当に勉強されているのだ、ということがよく分かった。

自分たちが置かれた境遇が、どのような「科学的」メカニズムにおいて
生み出されたのか、きちんと知っておく必要がある。
実に真摯な態度だと思った。

オッサンの発言を聞いていると、完全に「原発推進」というイデオロギー
虜になっているということがありありと理解できた。
原発推進・再稼働容認」という結論ありきでしか語らない・考えないので、
どうしようもない。
いい加減、腹が立ったので、私は発言の機会を得て、このように問うた。

原発のようなものを後世に残して、子孫に顔向けが
できるのですか? YESかNOでお答えください」

オッサンは一瞬返答に詰まり、YESやNO以外の言葉ではぐらかせた。
エゴイストであることが明らかになった瞬間だった。

こうした議論の場合、我々のような庶民は専門知識の点ではオッサンの
ような「マニア」には及ばない。
よって、庶民が当たり前に備えている「常識」に基づいた「情」の観点で
語るしかない。

常識的に考えて、あのような大事故を引き起こし、地域共同体を破壊した
原発のような代物を後世に残すというのは、心情的に許せない。

次世代の人間に「一応、安全だから」などと言えるはずがない。
あのような大事故を経験しても「脱原発」が遂行されていないというのは、
平成の世の人間は何をやっていたのか? と問われれば、顔を上げられない。

「理屈」ではない。
「情」や「常識」で判断する。

オッサンは、自分の「理屈」の正しさを知らしめるためだけに、
わざわざ「避難者の会」のイベントにやって来たのだ。
避難者に一泡吹かせようと思ったのかもしれない。
要は自尊心や自己満足だけが動機だから、私情の塊である。
自分の事しか考えていない我利我利亡者だから、「公」の事を念頭に置いた
私からの質問には答えられない。
全く想定していないし、考えたこともないからだ。
いい歳して、本当に情けない。

ただ、こうしたエゴイストが紛れ込んでいるというのが「世の現実」である。
その理不尽さを生で体験できたというのは、よい勉強になった。

とにかく我々は、必要な知識は少しずつでも取り入れていかなければ
ならない。
おかしな扇動に惑わされないためには、それしかないのだ。
ネットの知識だけで満足していてはいけない

ちなみに、座談会の後、アンケート提出と引き換えに『3.11避難者の声
当事者自身がアーカイブという』冊子をいただいた。
会の皆さんが、避難先で感じた苦労や不満などがリアルに綴られている。
まさに、「生の情報」である。
「もう6年」が経ったけど、「まだ」何も解決していない、ということを
心に留めながら、ゆっくり精読しようと思う。

尊皇心を貫く戦いはまだ続く

毎日新聞の報道に不信感を抱いていた私であったが、天皇陛下の退位に
関する全体会議の記事は真実であったようだ。
残念ながら共産党社民党が与党案に賛意を示してしまい、民進党
ほぼ孤立状態となった。
結局、野田佳彦幹事長は「皇室典範に、特例法を典範同等の法律として
扱う旨の付則を加える」という条件のもと、特例法を「第二の皇室典範
として認めざるを得なくなった。


言うまでもなく、恒久法による退位を望む国民世論と逆行している。
せっかく民進党を応援していたのに、ここで折れてしまうから支持できない、
いつまで経っても万年野党なのだ、という嘆息が聞こえてきそうだ。
今回の全体会議で、「特例法は矛盾している」とはっきり反対の意を
表明したのは自由党代表・小沢一郎だけだった。


しかし、風向きを変えたという意味において罪が大きいのは、共産党では
ないか
と思う。
小池晃書記長は、1月か2月に放映された『日曜討論』では皇室典範改正
こそが本道。そうでなければ、憲法の精神が失われる」
と発言しており、
自民党高村正彦副総裁と明確に対立していた。
ついでに社民党は、「天皇の人権を尊重すべし」という立場から、
やはり典範改正に賛成していた。
この両者の態度が一転したのは、付則の追加によって「憲法と矛盾しない」
ということが裏書されたから
だろう。


やはり、イデオロギーに基づいて行動する連中は信用できない
我々尊皇派からすると、典範改正と特例法とでは天と地ほどの違いが
あるのに、共産党社民党にとっては、それぞれの「護憲」「人権擁護」
というイデオロギーさえ順守されれば結果はどうだっていいのである
元より左翼政党だから、「天皇性」の存続や皇室の安定的継承には
興味がないのだろう。


民進党は不意を突かれたかもしれない。
野田幹事長も前述の『日曜討論』に出演していたが、何しろ人が好い御仁
なので、共産党社民党の発言を聞いて「共闘できる」と判断した
可能性はある。
それが突然の手のひら返しに遭ってしまった。
ひょっとしたら、一旦は意見の統一を見た民進党議員の中で動揺が
走ったかもしれない

まさに思案のしどころ。


私としては、今国会の質疑や小林よしのり氏との対談の内容で判断する限り、
野田幹事長は真っ当な尊皇派としてブレていないと思う。
それは2月の『ゴー宣道場』に参加した細野豪志議員と山尾志桜里議員も
同様
だ。
ただし、党運営の方向性は見極める必要がある。
蓮舫代表が未熟であることは否定できず、舵取りを誤ると保守とリベラル
あるいは左翼とで分裂しかねない。
よって野田幹事長は、言葉を選んで慎重な発言に終始しているのだろう、
と推測する

細野議員が「交渉は幹事長に一任している」と発言しているのも、
決して思考停止しているわけではなく、「党の公式見解」を一元化して
おくためだろう。


左翼も右翼も私情を差し挟むばかりだが、保守はそうはいかない。
「公」の存在である天皇陛下と皇室のために奮闘するわけだから、
自身の言動も「公」に徹する必要がある。

陛下の「お気持ち」に応えるためには、目先の支持率などに惑わされている
場合ではない。
今こそが、生涯で一度きり行える「陛下への恩返し」を実行できる
最大最後の機会なのだ。

我々国民も、それを意識して成り行きを見守り、可能な限り協力していく
必要がある。
「万年野党」と野次っている場合ではないのだ。


一応、与党は「合意」に達した法案を5月の大型連休明けに国会に提出する
予定らしい。
ただし!
「森友問題」で国会の紛糾が続けば、予定通りに実現するかどうかは
全く分からない。

極端な場合、4月頃に解散総選挙の運びとなる可能性だってあるのだ。


「エセ保守」の成れの果てである「アナクロニズム」に端を発した
ゲスなスキャンダルで、退位にまつわる議論の流れが変わるというのは
何とも複雑な心境だが、それでゲスな権力者が放逐されるのならば
それも天の配剤
なのかもしれない。

権力を批判しなくなった毎日新聞

自宅では毎日新聞を購読しているのだが、昨年末あたりから様子が
おかしい。
あからさまに安倍政権にすり寄り、提灯記事としか思えない内容が
目立つ
ようになった。
本来は左派新聞であり、それでなくとも権力を監視して批判するのが
マスコミの務めであるはず
なのに、全く逆のスタンスに陥っている。


「IR法案」の時は、IRによるインバウンドの増加が日本経済の一助に
なると信じ込み、ギャンブル依存症や治安維持といった課題を
克服しさえすれば未来が開けるような書き方がなされていた。


ただ、はっきりと潮目が変わったのは今年に入ってから。
「平成」の元号は「平成30年」まで、という政府の方針が発表
されると、目の色を変えて「元号を変える手続き」「過去に挙がった
元号の候補」といった記事を掲載。
昨年までは「考・皇室」という連載で天皇陛下や皇室についての
歴史や基礎知識を丁寧に解説しており、尊王心を感じさせる紙面づくり
だったのが、一転してしまった。
皇室典範改正派だと思っていたのだが、「とりあえず退位が実現すれば
それでよい」という立場に後退してしまった。

これは安倍政権と同じ考えである。


今日の朝刊では、「民進 典範改正を強調 退位全体会議 孤立化に
危機感も」という見出しで、このように書いている。

(前略)
与党が主張する特別立法に共産党も柔軟姿勢を示すなか、民進党
孤立しつつある。
(中略)
民進党は全体会議で退位について「天皇の意思」など3要件を典範に
盛り込むよう求めたが、自民党は「退位の具体的な要件を定めることは
困難」と賛同せず、共産党も「天皇の意思は退位を認める根拠では
ない」と突き放した。
民進党の孤立感は際立ちつつあり、自民党幹部は「自民も共産も
歩み寄っているのに民進は全然変わらない」と皮肉った。

(後略)


あくまで典範改正を主張し続ける民進党が、悪者扱いである。
陛下のお気持ちを忖度すれば典範改正しか道はないのに、
与党に妥協して速やかに退位を実現させろ、と言っている。
「柔軟姿勢」を示す共産党を見習え、と言っている。
「考・皇室」で皇室典範について解説していたのは、何だったのか。
与党の勝ち馬の尻に乗りながら野党を批判する、というスタンスは
メディアとしていかがなものなのか。


さらに3月6日(月)には「森友学園問題」について、山田孝男という
筆者(記者なのか解説委員なのかは知らない)が、驚くべき記述を
している。

(前略)
首相は森友優遇の意図はないという。当然だ。
首相が目指す<保守政治>の理想は、学園が振り付けるような浅薄、
非常識なものではないと、もっと力強く言ってもらいたい。


何と、この期に及んで安倍晋三を擁護している。
森友のアナクロ全体主義こそが悪いのであり、安倍の「保守政治」は
別物だ、と言っている。

安倍の「私と妻は被害者」という主張を丸呑みしてしまっている。
「教育方針に私も共鳴した」という安倍晋三の国会答弁、「主人も
大変に教育熱心な方だと言っている」
という安倍昭恵の講演における
発言を忘れてしまっているのだろうか。


そもそも毎日新聞は「森友学園問題」の報道において、政治の関与を
追及する矛先が非常に鈍い。
学校設立の認可・不認可、建築費用の虚偽報告など、行政手続きの
不備や瑕疵について社会面で報じているが、政治面での扱いは小さい
安倍晋三の国会での醜態、籠池理事長の参考人招致の与党断固拒否、
といったフォーカスすべき内容を、ことごとく目立たないように
掲載している


「そんなつもりはない」と毎日新聞の政治部は言うのかもしれないが、
実際に紙面を読んでそのように感じるのだから仕方がない。
ちなみに、問題発覚してから3週間余りが経過しているが、その間に
社説でこの問題を取り上げたのはたったの2回である。
一面トップに取り上げた回数も、他紙に比べて極めて少ない。


毎日新聞の幹部は、自民党執行部と通じているのか?
安倍晋三の食事会に招待されたことがあるのか?
あるいは、民進党は支持率が低いから「叩けば読者に受ける」
「購読者数が増える」とでも思っているのか?
ネトウヨや自称保守に媚びているのではあるまいな?

どの新聞を購読するかという決定権は私の親が持っているので、
ひとまずは静観しておく。
反面教師として、毎日新聞の退廃ぶりを眺めるのも一興である。
しかし、現状を打破できないのであれば、自浄作用を失った
利己的な組織に堕落した
、と見なすしかない。
毎日新聞は、メディアとして瀕死状態である。

「森友学園だけ」では済まない! 行政の責任を追及せよ!

安倍晋三松井一郎も、森友学園の問題を「教育者として不届きな籠池理事長
に利用された」という被害者ぶる作戦で逃げ切りを図っている。
教育方針が吐き気を催すアナクロニズムであることを利用して、
「悪いのは籠池だけ」ということにして、上手く尻尾切りをしてしまおうと
必死である。


しかし、国民はそんな企みには騙されない。
ヤフー意識調査では、「籠池理事長を国会に招致すべき」と回答した人の
割合が70%以上
である。
任意にアンケートに答えるだけだから、男女比や年齢層などはバラバラの
母集団ではあるが、ネットユーザーは保守が多いということを考えると
十分に有意性のある調査結果である。
つまり、国民は政治の関与があっただろう、という疑惑の目を自民党
向けているのだ。


ところが、自民党は籠池の参考人招致あるいは証人喚問の要求に
頑として応じない

官房長官「不法性がない案件で、招致には応じられない」
言っている。
自民党の説明では国民が納得できないから、不法性の有無を籠池の口から
喋らせろ
、と要求しているのに、それを拒否するということは、
自ら「やましい所がある」と言っているようなものだ。


安倍晋三は、相変わらず感情的な答弁を続けている。
「妻は私人」という笑止千万なフレーズを用いながら、野党からの質疑を
全て「我々に対する侮辱」と切って捨てている。
自らの説明責任に思いが到らず、野党への攻撃に終始している。
委員長から「総理、簡潔にお願いします」とたしなめられるなど、
相当な醜態を晒しているのだが、どうやら自分を客観的に見ることが
できないようだ。


そもそも、「妻と私が小学校設立の用地買い上げに関与していることが
明らかになったならば、私は首相と国会議員を辞める」と言ったのは
安倍自身である。
ならば、「関与がなかった」という説明責任は当然ながら存在する(証明は
できないにしても)。
状況証拠が続々と出てきているのだから、それらに理性的かつ論理的な
反証を行っていくしかないではないか。
ところが「妻が名誉校長ならば、印籠のように恐れ入りましたとなるのか?
なるわけがない」と、理性のかけらもない答弁を続ける。
「なるわけがない」と安倍本人が強弁しても意味がない。
籠池が「なるだろう」と判断して、安倍昭恵を広告塔として用いた経緯を
説明する責任が存在するのだ。


一方、今のところ他人事のように振舞っている大阪府知事松井一郎だが、
大阪府民はきちんと監視している。
昨日、森友学園が小学校の建設費用について、国には21億円と報告していた
のに対し、府には7億円と報告していたことが判明した。
それを受けて松井は「ダブルスタンダード」「教育機関としてあまりに酷い」
と発言しているが、庶民はこのように考える。


「そもそも大阪府は、何故、森友学園の虚偽報告を見抜けなかったのか?」


国への報告と桁が異なるではないか。
府私立学校審議会は、きちんと内容を精査したのか。
書類を右から左へと流しただけではないのか。
そういった疑念が生じるのは当然である。


松井のペースに乗せられてはいけない。
森友学園に騙された大阪府」という認識に陥ってはいけない。
こうした不届きな学校法人が跋扈するのを防ぐために、行政の審議会が
存在するのだ。

それを簡単にパスしてしまったのは、行政の責任である。


松井はこんなことを言う。
「我々は性善説で取り組んでいた。こんな虚偽報告をされては困る」

あらゆる報告や申請に対するスタンスとして、行政機関が性善説に立つなど、
聞いたことがない。
性悪説とは言わないまでも、報告や申請の内容に何らかの瑕疵がないか、
十二分にチェックするのが行政の務めである。

松井はそれを放棄して、「我々は騙された被害者」であることを
アピールしているのだ。
有権者はこの態度を看過してはならない。


日本維新の会は、自民党の下僕である。
自民党の議員の政治的関与が明らかになると、連鎖的に維新にも疑惑の目が
向けられる。
それを回避しようとしているのだろう。


この大疑獄については、ワイドショーや報道番組、そして一般紙によって
扱いが異なる。
ようやく覚醒したと思えるメディア、いまだに安倍政権に対して及び腰で
あるメディアなど、様々。
有権者は、それもきちんと見ている。
今回の一件で、ダメなメディア、ダメな自称知識人というものが
あぶり出されてしまった。

庶民の高い意識が、権力におもねるゲスな連中を遥かに凌駕している。
権力とは? 保守とは? といった命題について、思考停止してきたツケ
ここで噴出している。


それにしても、このタイミングで自民党総裁の任期が3期9年に延長される
ことが決定したのも、何かの巡り合わせか。
安倍晋三を念頭に置いただけの規定であり、なおかつこの大疑獄で安倍政権が
2021年まで続くことは到底考えられない
わけであり、自民党がもはや組織と
して終わっていることが明らかになってしまった。
自浄作用のない組織は腐敗する。
何らかの大転換が発生する可能性は高い。

「自称保守」「自称愛国者」は必ず堕落する

マスコミが「森友学園への国有地払い下げ」の報道に力を入れ始めた。
塚本幼稚園では、運動会で「頑張れ、頑張れ、安倍首相」「安保法制が
通過してよかった」などと唱和させていたことが判明。
言葉の意味も分からない幼児に一方的な価値観を押し付けているのだから、
立派な思想教育である。
こんなものは「日本の伝統」ではないし、「愛国心を育む」ものでもない。
もし、言うことを聞かない幼児がいれば咎められるのだろうから、
やっていることは北朝鮮と同じである。


ただ、森友学園の教育方針の異常性を際立たせるだけでは良くない。
問題は、この学校法人に便宜を図るべく政治が介入しただろう、という
疑惑を明らかにすることだ。


安倍晋三は、今日もますます「しどろもどろ」になっていて、
やたら饒舌に喋っているがもはや何を言っているのかよく分からない
状態である。
徒に審議時間を長引かせているのではないか、という気もする。


安倍の主張(という名の弁解)をまとめると、こうなるか。
1)籠池理事長とは個人的な面識はない。
2)塚本幼稚園に足を運んだことはない。
3)自分の名前を使って寄付を募っていたのは今初めて知った(2月17日の国会答弁)。
4)先方からの「名前を使わせてほしい」という申し出には何度も何度もお断りした(2月24日の国会答弁)。
5)森友学園の教育方針については具体的な内容は知らなかった。
6)籠池理事長の教育熱心ぶりには感銘を受けていた。
7)安倍昭恵は半ば強引に名誉校長に仕立て上げられた。


これら全てを「信じろ」というのだ。
お分かりの通り、3)と4)は明確に矛盾している。
問題が大きくなったから、「今初めて知った」ということはナシにして、
「何度もお断りした」と言い換えたのだ。
5)と6)もおかしいだろう。
具体的な教育方針について関知しないのに、「教育熱心ぶり」だけに
感銘を受けることなどありえない。
7)は籠池理事長が「昭恵夫人に了承していただいたと理解している」と
正反対のコメントを出している。
事実関係を洗えば、1)と2)も崩れるかもしれない。


また、役所関係でさらなる事実が発覚。
大阪府「借入金のある幼稚園法人」の小学校設立は認めない、という
基準を敷いていた
が、それを緩和してほしい、という森友学園の申し出を
受け入れていた
のだ。
あっさりと基準を緩和したわけだが、これが適用された(つまり、借入金を
抱えながら小学校を設立した)のは森友学園だけである。


さらに、財務省が国有地を賃貸契約から売買契約に移し、それについて
分割払いを容認したのは本件のみ
国交省が埋設物の存在を理由に8億円近い「ディスカウント」を実行した
のも本件のみ


あまりにも特殊すぎる処理や取引が組織横断的に行われ、しかもそれが
全て「森友学園のケースのみ」限定されている

これを偶然の一致として「信じろ」というのだ。


安倍は国会でよく、
「私がそんなことを言う訳がないじゃありませんか」
という物の言い方をする。
何をか言わんや。
国の最高権力者の疑惑を追及するにあたって、その人間性を鑑みろ
と言うのだ。
笑止千万である。


多くの国民が「安倍ならやりかねん」と思っているから、
疑惑が消えないのだ。
しかも、その国会答弁が「しどろもどろ」だから、疑惑が確信に変わって
いるのだ。
そこで自分の人間性を「信じろ」と言って、だれが耳を貸すというのだ?


籠池理事長の参考人招致が要請されたようだから、きちんと事実関係を
話してもらおう。
安倍は完全に森友学園について「知らぬ存ぜぬ」で切り捨ててしまったから、
少しは憤りを感じているかもしれない。
反旗を翻して、同士討ちを演じてくれればありがたいのだが。


それにしても「保守」を自認し、「愛国心」「日本の伝統」を大切にする、
と謳っている連中が、ここまで堕落して醜態を晒す、という姿は
ある意味では必然の事態なのだろう。

本来の保守は、不変の思想やイデオロギーではない。
文字で簡単に表現できるものではないし、かたちや外面を繕えば良いという
ものでもない

「これで私は保守だ」と思考停止した時点で、その人間はもう保守では
ないのだ。

国会で露わになった安倍晋三と財務省の腐敗ぶり

本日(2月24日)の衆院予算委は紛糾した。
安倍内閣の基本方針についての質疑が行われたわけだが、
例の学校法人森友学園への国有地払い下げ問題で、
安倍晋三財務省理財局長が集中砲火を浴びていた。


マスコミが詳細を報じようとしないが、民進党福島伸享議員、
玉木雄一郎議員、今井正人議員らが次々と新事実を明るみに出していった。
事実を列挙しておく。


■国有地払い下げの経緯について
・当該国有地は不動産鑑定士により9億円の評価額が出されていた。
・しかし、埋設物(いわゆる廃棄物)の存在を理由に1億数千万円余りにまで
国が一方的に減額
して森友学園に売却した。
・元来、国と森友学園は土地について賃貸契約を結んでいたが、
何故か突如売買契約に変更されていた。
・埋設物撤去費用を国が負担し、森友学園差し引き200万円で国有地を
購入
したことになった。
・売買契約が成立した時点で森友学園は財政難に陥っており、購入費用は
10年間の分割払いとなり、財務省はそれを了承した。
・国有地が賃貸契約から売買契約に変更され、それが分割払いの扱いと
なった事例は今までに一件もない、と財務省理財局長は認めた。
・国が肩代わりするという埋設物撤去費用が、今年度予算に盛り込まれて
いない。


財務省理財局の杜撰な対応について
・理財局は具体的にどのような埋設物が存在していたのか確認していない
・一般廃棄物か産業廃棄物かという問いにも答えられない。
・埋設物が確認されたという場所も記録として残していない
・撤去費用の根拠となる「11,000tの埋設物」という数量について、財務省
業者の提示した数字を調査もせずにそのまま受け入れた。
・実際に現場で作業に当たった孫請けの業者によると、撤去の対象となった
のは「2,000t」程度だったという。
・そのうち約600tは「費用がかかる」という理由で、学校敷地内の
グラウンド西側に埋めてしまった
・その場所ではアンモニアが漂い、作業員は食事に支障を来す程だった。
・理財局は撤去作業そのものも確認していない
・理財局長は「売却後は確認する義務がない」と回答した。
森友学園の籠池泰典総裁は読売新聞のインタビューに対し、
「ゴミを撤去したのは杭打ちの部分だけ」と答えているが、
それならば「11,000tの埋設物」という数量は多すぎる。


安倍昭恵名誉校長について
安倍昭恵は「瑞穂の國記念小学院」の名誉校長に就任していたが、
23日付で公式サイトからその表記が削除されている。
安倍昭恵の名前には「内閣総理大臣夫人」と公人としての肩書き
付けられていた(もちろん当該小学校は私立である)。
安倍昭恵が名誉校長に就任したのは籠池総裁の依頼に応じて講演を
行ったのがきっかけである。
安倍昭恵は講演会場で、籠池総裁から直接名誉校長就任を打診された。
安倍晋三はその模様を見ており、「家内は笑顔で応じていただけ」と
その場で回答したわけではないと強調した。
安倍晋三は、名誉校長就任について夫人から相談されたことがあるか
という問いについて、はぐらかすばかりで明言を避けた


安倍晋三記念小学校について
・「安倍晋三記念小学校」という名称について、安倍晋三
「先方が何度も何度も電話をかけてきて、何度も何度もお断りした
何度も何度も繰り返し答弁した。
・「何度も断った」という経緯よりも、最終的に容認したという
結果が重要ではないか、との問いには、「安倍晋三記念小学校」という
ものは存在しない、の一点張りだった。


安倍晋三の感情的な答弁
安倍昭恵名誉校長についての表記が削除されたことについて
「また隠蔽ですか」と言われて安倍晋三逆ギレした。
・「隠蔽」という表現は「レッテル貼り」であり、悪い印象を植え付けよう
とするものであるらしい。
・加えて、安倍晋三安倍昭恵に対する侮辱であり、公共の電波で言っては
ならないものでもあるらしい。
・「そのような事ばかりするから、あなたたち(民進党)は国民の支持を
得られないのだ」とネトウヨ並の悪口を公共の電波で述べた。


これだけ書いておけば良かろう。
腐敗した権力者や官僚は、答弁がやたら饒舌でありながら具体性を欠き、
時に感情的になってしまう
ものだ。
特に安倍晋三は滑舌が最悪なので、何を言っているのかよく分からなかった
部分も多い。
こんなズタボロな権力者の支持率が、いまだに50%を超えているという。
自称保守のジジイ共は放っておいて、現役・次世代の有権者はそろそろ
覚醒した方が良いだろう。

安倍政権にべったりのマスコミ共

ここ数週間、Yahoo!ニュースのコメント欄(いわゆる「ヤフコメ」)で
ネトウヨ共を叱り飛ばしていたら、こちらの更新がすっかり後回しに
なってしまった。
一見すると不毛な作業に思えるかもしれないが、「ややネトウヨ気味」という
ぐらいの人間にはある程度は考えさせることが出来ただろうという
実感はある。
脳髄までネトウヨという連中は、もうどうしようもない。
極左と同じで、その思想を持つことそのものに満足を感じ、自分の頭で
考えて人間として「変化する」ことを捨て去ってしまった畜生共だから、
放っておくしかない。


それはともかく、今回問題提起したいのは「日本のマスコミの実状」である。


昨年からテレビニュースも新聞も、どんどん安倍政権寄りになっている。
高市早苗総務相の「電波停止発言」に恐れをなしたのか、
安倍晋三との食事会に招待され続けたいのかは不明だが、
表立って政権批判することを放棄してしまった。
安倍晋三の迷言や問題発言は枚挙に暇がないのだが、それらを問題提起する
こともなくなった。
多くの国民が関心を寄せている天皇陛下の「生前退位」についても、
安倍政権は「自称有識者」と「自称専門家」に任せてしまい、
結論ありきで処理しようとしているのだが、それに対して批判することも
ないのだ。


2017年に入ってからは、目に見えて安倍政権擁護のスタンスが強まった。
今国会では、明らかに昨年よりも本気度が増した民進党が、
すっかり慢心して弛緩状態の自民党を追い詰める場面が多かったのだが、
大きく取り上げない。
論戦から逃げようとした金田法相、「戦闘状態」の言い換え指示を事実上
認めてしまった稲田防衛相
が槍玉に挙がっているだけだ。


私は現在仕事をしていない状態なので、国会中継はよく見ていた。
天皇陛下の「生前退位」について、皇室典範改正を主張する民進党
野田佳彦幹事長、細野豪志議員が安倍に投げかけた質問内容は
見事だった。

その他、共謀罪不要を訴える山尾志桜里議員、日露外交のダメっぷりを
突っ込んだ辻元清美議員、稲田のアナクロぶりを批判した蓮舫代表など、
実に良い仕事をしていたと思った。
しかし、これらは国会中継を見ていないとなかなか分からない事なのだ。


何しろマスコミは1月から先週辺りまで、トランプ一色だった。
いや、昨年のトランプ当選以降からずっとか。
昨年は「トランプさんって、どんな人?」みたいな子供騙しの報道の後、
安倍のトランプタワー駆けつけ訪問を絶賛。
「トランプさんって、思ったほど怖い人じゃなさそうだぞ」という印象を
撒き散らす。


ところがトランプの大統領就任以降、大統領令に次々と署名し、
ツイッターで日本とトヨタを名指し批判、中東7カ国からの移民を一時制限、
という事態に陥ると、一転して「やっぱりとんでもない人じゃないか!」
視聴者の不安を掻き立て始める。


それが布石として機能したのか、日米首脳会談のトランプと安倍の蜜月ぶり
を「大成功」「ホームラン」と例によって絶賛する始末である。
「トランプさん、日本は見捨てなかったよ!」ということなのか。
馬鹿馬鹿しい。


トランプの「保護主義」については回を改めて書くとして、
とにかくその間マスコミは日本の国政についての報道を軽視してしまった。
そのような「トランプ・フィーバー」がようやく一段落したかと思ったときに
発生したのが「金正男暗殺」である。
これはもちろんニュースバリューは高いとは思うが、連日トップの扱い
というのは異常ではないのか?
視聴者はそこまで金王朝に関心があるのか?
北朝鮮が崩壊する時はいずれ訪れるだろうが、「その時」に敏感になって
いるのは韓国と中国である。


日本はそのような「近くて遠い国」を意識している場合ではない。
皇室典範改正だけではなく、待機児童問題、貧困問題、少子化問題
在宅介護問題、原発再稼働問題、震災復興問題など、国内には待ったなしの
問題が山積している。

これらは、たまに「NHKスペシャル」や「ETV特集」などで取り上げられる
程度であり、他のマスコミがもっと事の重大性をアピールしていかないと
「現状に無関心」な人間を量産していくだけなのだ。


極端な話、日本の国体が危機に瀕しているという時に、
安倍晋三はルンルン気分でトランプとゴルフをプレイしていたのだ。

日本国民はこんな公共心のかけらもない利己的な首相を許して良いのか?
そして、本来は権力を監視して批判する立場であるマスコミの怠慢も
看過できない。


ある意味では戦時中のマスコミに近い状況に陥っているのだろうが、
現代にはネットというツールが存在する。
これで自分でしっかりと情報収集し、そしてマスコミも含めて批判対象
として情報発信していかねばならない。
機会があれば、すっかり軟弱化した毎日新聞を徹底批判してやろうかと
思っている。