ブログ更新当面お休みのお知らせ

2週間、更新をお休みしていた。
理由は単純で、7月6日から会社勤めが始まったからだ。
これまでも更新ペースは決して速くはなかったが、無職で時間だけは
有り余っていたので、新聞や本を読んで文章をじっくり練り上げる余裕が
あった。
しかし、今は仕事を覚えて慣れていくことが最優先なので、読んだり書いたり
という作業になかなか時間を割けない。

このような私事に触れているのは、おかげさまでこのブログのアクセス数が
上昇してきたからである。
ただし、「はてなスターが欲しい」「SNSにシェアしてもらいたい」という
色気は持っていない。
要は、ネットという「公的空間」にブログという「店」を出している以上は、
開店休業状態になっている場合、その説明をきちんと記しておかなければ
ならない、と考えているのである。
いわゆる「断り書き」というやつだ。

これまで安倍政権をさんざん批判してきたが、支持率が下落してきたから
ブログを放置する、というのは無責任だと思う。
ましてや、このブログの目的は達した、などと達成感に浸るのは
僭越至極である。
曲がりなりにも、自分の意見をお天道様の下に晒しているのだから、
その始末をきちんと自分で付けておかなければならない。

昨日と今日の休日で、7月の新聞記事を切り抜いて整理することが出来た。
スクラップブックに貼るところにまでは到っていないし、じっくり読み込む
ことも出来ていない。
書きたいことはいろいろあるが、読んでいただける文章にまとめて推敲する
時間がない。

よって、仕事に慣れて、プライベートの時間を上手に有効活用できるように
なるまで、このブログの更新はお休みすることになる。
「読者」になっていただいた方もおられるので、この「断り書き」を
いち早く上げておかなければ、とずっと気がかりだった。
そういうことなので、悪しからずご了承下さい。

ネトウヨの終焉が始まった

祝・自民党都議選惨敗!!

あくまで都議選ではあるが、有権者が明確に安倍自民に対して「NO」を
突きつけた結果である。
マスコミは、中谷元
「THIS is 敗因」
というネタに飛びついているが、「THIS」だけが敗因ではないことは
明らかである。

親玉である安倍晋三の言動はもちろんのこと、「森友疑惑」「加計疑惑」
共謀罪」等を含むデタラメな国会運営は、やはり多くの国民の不信や
憤りを招いていたのだ。

それらが内閣支持率になかなか反映されなかったのは、
「固定電話アンケート」という調査方法に限界があるからなのかもしれない。
やはり、選挙の投票結果は、多くの有権者が意思表示することが可能なので、
信頼できる数字である。

作家の泉美木蘭氏によると、ヤフコメの仕様が変わったらしい。
一日の投稿回数が制限された上、複数アカウントによる投稿も禁止になった
という。

その結果、あれだけ跋扈していたネトウヨコメントが、ほぼ一掃されて
しまった。
安倍自民を批判するコメントが圧倒的に目立つようになり、それらに対して
「そう思う」と賛同の意を表明するクリック数も上昇した。

ヤフコメに投稿できるのはYahoo!JapanのIDを持つ者のみだが、
木村忠正教授(ネットワーク社会論)とYahoo!Japanによる調査によると、
反中・嫌韓のコメントのうち20%相当は、全体のたった1%のユーザーが
投稿したもの
なのだという。
つまり、ごく少数のネトウヨが、複数アカウントを利用してせっせと
ネット世論」を形成していた
のだ。
お互いに「そう思う」をクリックし合っていたのだろう。

やはり、ネトウヨは暇人ばかりなのだ。
ヒマだから、仕事や日常生活に充実感が得られず、自己承認欲求
ネットに走るのだ。

そして、社会からの疎外感を抱いているから、せめてネット上では
勝ち馬の尻に乗りたいのだ。

「(彼らが思う)マイノリティ」を叩くことでしか、アイデンティティ
得られないのだ。
思った通り、ネットの匿名による投稿など、くだらんものなのだ。

もっとも、左翼にもネット情報ばかりに頼るジャンキーは存在する。
安易に何かを批判したい人間ほど、安易な情報に飛びつく。
自分で勉強して知識を深める、という「遠回り」をしようと思わない
のだろうな。

こうした視野の狭いヒマな連中が、お互いに結びついて承認し合いながら、
特定政党を支持しているだけなのだから、いわば「バブル支持率」とでも
表現できるだろうか。
「安倍一強」も同様のバブルにすぎず、もはや完全にはじけてしまった。


そんな「バブル支持率」を真に受けて、安倍自民の擁護を続けてきたのが、
読売新聞、産経新聞、フジテレビである
(日テレはよく知らない)。
読売新聞は、安倍晋三「熟読して下さい」発言を経て、政府御用新聞
なった。
前川前事務次官「出会い系バー通い」報道で、一民間人の人格を攻撃した。
産経新聞は、「森友」「加計」いずれも大した問題ではないと論じていたが、
都議選惨敗後に自民党は体質を見直すべき」と一転した。
フジテレビは、『新報道2001』『ワイドナショー』で安倍自民を擁護し、
平井文夫(フジテレビ上席解説委員)は安倍晋三の総理就任時に、
憲法改正を達成しなければ、貴方が首相になった意味はない」
と言ったというエピソードを自分で明かしていた。

果たして、「安倍一強」バブルがはじけた現在、のうのうと今までの
立場に寄りかかっていられるだろうか。
ある意味、ネットのような安易なツールは、バカをあぶり出すのに
最適だったのかもしれない。

安倍のお出ましは、自民党へのダメ押しとなった

今日は東京都議選の投票日。
昨日までの選挙活動期間においては、小池百合子を除いては、
ほとんどが自民党国会議員の不祥事のニュースで埋め尽くされてしまった。
自民党は想定以上の逆風に晒されただけでなく、稲田朋美の大臣任命責任
含めて、安倍晋三に対する批判がかなり高まったようだ。

それが顕著に表れたのが、昨日の秋葉原で行われた安倍の街頭演説である。
約400人の有権者「安倍辞めろ」といったメッセージを載せた
プラカードや横断幕を掲げ、「辞めろ&帰れコール」を巻き起こす。
「安倍首相に100万円を返しに来た」という珍客・籠池のおっちゃんも
闖入し、現地は異常な雰囲気に包まれていたらしい。

そこでまず、石原伸晃経済再生相がマイクを握ると、ブーイングが起こった。
以下、石原のスピーチ。

「せっかく安倍総理総裁の話を聞きにお集まりいただいているのに、
一部の人たちがこのように演説自体を邪魔する。
こういうことを惹起させてしまったのは、権力、政権をお預かりしている
私どもの仲間の中に、都民のみなさま方の声に(耳を)傾けなかった、
また、あぐらをかいていた、こういう人間がいたから、
そこに乗じて(こういう事態となった)」


「このあと安倍晋三総理総裁からお話があると思いますけれど、
政権をお預かりする身として、一部の人間が不用意な発言、不用意な行動を
したことによって、お話を聞きに来てくださった方に対して、
あのようなかたちで邪魔をする人たちが来てしまったことは本当に
申し訳ないと思っています」


「(これは)ある意味で民主主義を否定します。
自分たちの主義主張があるならば、自分たちの応援するところに行って
主義主張をするのが民主主義の基本
でありますけれども、
残念ながら反対をすることだけしかできない人たちが、
さまざまな会場で選挙の妨害を繰り広げたということは、
民主主義を守っていく私たちとしては、情けなくも申し訳なくも思っている」


「このように邪魔をする人たちが自由民主党の演説会に入って参ります。
これは私は悲しいことだと思います」

所詮は親父のコネで議員に当選した分際で、しかも国会では安倍晋三
腰巾着としてでしか活動できない無能力者の石原
が、「もの申す市民」を
批判している。
この逆風を起こしたのは自民党自身であり、反省すべき所は反省する、
という謙虚な態度をとるのではなかったのか?

あの程度の釈明で、憤懣やるかたない有権者が、「では演説を静かに
聴きましょう」と大人しくなるとでも思っているのか?
自民党は、自民党支持者にしか目を向けていないということが、
ありありとわかる発言だ。

しかも、この抗議活動が「民主主義の否定」だという。
しかし、民主主義を否定したのは、自民党の方である。
安倍晋三や閣僚が、野党の質問にまともに答弁しなかった。
あろうことか、安倍は民進党に対して「支持率が低い」と馬鹿にしたのだ。
それは即ち、全国に5%程度は確実に存在する民進党支持者(有権者)を
無視したことと同じである。
少数派の意見に耳を貸さずに、数の暴力で法案を
可決することを民主主義とは言わない。


また、こうした事態を招いたのも、自民党自身である。
有権者の声を聞こうとしないのだから、安倍晋三が街頭に立つ数少ない機会に
目に見えるかたちで「NO」を突きつけるしかないではないか。

ところが、石原は抗議している有権者を指して「反対をすることだけしか
できない人たち」と表現した。
まさか有権者に対して「反対するなら、代案を出せ」とでも言うつもり
なのだろうか。
それこそ議会制民主主義の否定ではないか。

そして、石原は致命的なミスを犯している。
安倍晋三の肩書きとして、「総理総裁」という表現を用いてしまった。
本来ならば「党としてお願いをする」のであるから、「総裁」のみで
なくてはならない。

「総理」という肩書きを付加するのは、稲田朋美の「自衛隊防衛省
防衛大臣自民党としてお願いします」という発言と同じ問題を抱えている。

つい前日まで、メディアで騒がれていたばかりではないか。
同種の「誤解を招きかねない表現」を用いてはならない、という危機意識は
なかったのだろうか。

やはり無能力者の極みである。

ちなみに、この後に演説を行った安倍晋三にも、多数の野次が浴びせられた。
ご多分に漏れず、安倍はキレてしまった。
この男の沸点は、富士山頂並みに低いのだ。
そして、あろうことか、このように野次に対抗してしまった。

「憎悪や誹謗(ひぼう)中傷からは、何も生まれない!」
「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」

ぷははははっ!!
ジョン・レノンの「ラブ&ピース」かよ。
「にくしみからは なにも うまれないと おもいます」って、今時小学生でも
こんな陳腐な作文は書かんぞ。
相変わらず「正義のヒーロー」気取りなのか。

そして、有権者を「こんな人たち」呼ばわり。
恐らく、猪瀬直樹のツイート同じで、抗議しているのはサヨク集団だろうと
思っているのだろう。

もし、あの中に自民党支持者が存在していたらどうするね?
さっさと安倍は退陣して、石破茂政権を樹立せよ、という人もいるかも
しれんぞ。

どうやら安倍晋三の周辺は、相当に苛立ちが募っているらしい。
安倍は、この逆境を挽回する新たなカードは持っていないだろう。
米露との外交でやれることはやってしまったし、韓国の文大統領は
日韓合意に否定的な立場であるため、点数稼ぎが出来ない。
北朝鮮がまたミサイルを撃ってくれないかなあ、と願うぐらいか。
安保法制の時とは異なり、マイナスを加速させる要素ばかりが目に付き、
「国民は、じきに忘れる」と楽観できなくなった。

無能な総理総裁をいつまで担いでいる必要はないのだが、少しでも
良識が残っている自民党議員は、本音ではどのように考えているのだろう。

「私情」で「公」の理念を潰すな!

ノミ程度の脳味噌しか持ち合わせていない安倍晋三が、講演会で
獣医学部の新設を全国展開していく」
とぶちまけた。
あっけにとられた関係者は多かったことだろう。

最も驚いたのは、京都産業大学かもしれない。
何しろ、「広域的に獣医学部が存在しない地域に限定する」という
「規制」
を理由に、獣医学部新設の認可が下りなかったのだから。
アレは一体、何だったのか?
今、あらためて申請すれば、認可されるのだろうか?

また、安倍は国会で「総理のご意向」について、
「私の意向が入り込む余地はない」
と言い切っていた。
しかし、国会閉幕後の講演会という場で、従来と180度異なる意向を
表明している。

たかだか数週間前の自分の発言を覚えていないのだろうか?
「岩盤規制にドリルで穴を開ける」と呪文のように唱えていれば、
抵抗勢力に対抗するヒーロー」と見做される、とでも
思っているのだろうか?

何でも政府関係者筋によると、今回の発言について安倍は
「あまりに批判が続いているから、頭に来て言ったんだ」
と語っているという。
何と、単なる八つ当たりだったのだ。
公人であるべき総理大臣が「私情」をぶちまけ、現実的に日本獣医師学会に
プレッシャーを与えてしまっている。

もはや、やぶれかぶれということなのだろうか。
都議選の敗北は必至だから、せめて発言の上では「加計ありき」は否定
しておこう、ということなのだろうか。

ただ、このような愚挙極まりない発言でも、閣僚がフォローしているのだから
呆れてしまう。

山本幸三地方創生相は記者会見で、
獣医学部の全国展開は、何ら問題がない」
とした上で、
「国家試験があるので、獣医師の質は維持できる」
と発言した。
記者が「教育の質が低下し、あぶれる(試験に合格できない)人間が
増えるのではないか」
と問うと、
「それは、本人の責任でしょう」
と答えた。

出た! 自己責任論!
山本は獣医師の国家試験を、英検や簿記の検定試験か何かと同じものだと
思っているのだろうか。
参考書や問題集がいろいろ揃っていて、本人がきちんと勉強していれば
合格できるはず、不合格になるのは勉強不足、といった程度の認識しか
持っていないのではないか。

記者の質問は、日本獣医師学会の主張に基づいている。
徒に獣医学部を新設してしまうと、教員が不足する上に設備の充実も
難しくなってしまう。
つまり、大学での教育のレベルが低下してしまうのだ。

獣医師試験は、当然ながらノートとペンだけで勉強できるものではない。
正確な実技を身につけるため、大学でしっかりと実習を受けることが
必須となる。
しかし、教育レベルが低下すると、それが極めて難しくなる。
専門性が高いため、獣医師試験の合否は大学教育のレベルに左右される、
と言ってよいだろう。

しかも、無駄に学部が増えると、本来充実した環境にあった大学の教員の
雑事が増える可能性がある。
学会の運営も変更が生じたりと、あらゆる点において「本来やらなくても
よいこと」が無意味に増えてしまうのだ。
これは日本の獣医学部全体の地盤沈下につながる。
それを山本幸三は全く理解していない。

利益を追求する民間企業が、事業を拡大するのとは訳が違う。
「教育のレベルの維持」「獣医師のレベルの維持」が大前提として
存在しており、それを後世に伝承していかなければならない。
まさに「公」のために存在していた規制であり、それを総理大臣の「私情」で
潰されるわけにはいかないのだ。

昨日、その日本獣医師学会が記者会見を行い、獣医学部新設による
全国展開は重大な問題を抱えている旨を発言していた。
安倍や山本は、あの発言に反論できるのだろうか。

「加計問題」のみならず、様々な問題や不祥事において、自民党議員の
「その場しのぎ発言」が相次いでいる。
政治家は公人なので、その発言には責任が伴う。
発言を撤回しない限りは、その発言の内容は永続的に有効だし、
撤回したとしても納得しうる説明がなければ、考えが変わっていないと
見做されても仕方がない。

民主主義を支えるのは徹底した議論であり、政治家というものは
国民の代議士として議論を行うのが仕事である。

よって、「言葉のプロ」でなければならない。
そこまでプロ意識を抱いている政治家が、今の自民党にどれだけ存在
するだろうか。

「体制側」に落ちぶれた芸人・松本人志

25日(日)放送の『ワイドナショー』には腰を抜かしてしまった。
今、全国の有権者から忌み嫌われている「暴言・暴行・パワハラ議員」の
豊田真由子
を、出演者がよってたかって擁護していたのだ。

口火を切ったのは、小島瑠璃子
「能力があるのならば、離党する必要はない」
と、世間の「議員辞職しろ」という怒りの声と真逆のコメント。
松本人志「そう、そう」と同意。
厚労相のキャリア官僚がパワハラ行為に及ぶ、というだけでも
言語道断であり、あの音声データを聞いて政治能力があるのでは、と
思うこと自体、どうかしている。

石原良純は、
「上司が部下を怒鳴るのは当たり前」
「自分の中では悪意はなかったのだろう」

と、ヘドが出るようなコメント。
度を超した暴言や暴行でも、自身が悪意を感じずに行動に及んでいれば、
問題がないらしい。

恐らく、父親石原慎太郎が、こうした厳しい叱責を部下にぶつけていた
場面を何度も見ていて、世間の価値観とズレてしまったのだろう。
「あの父親のしつけ」で育てられたというのは、やや気の毒ではあるが、
もはやいい歳したオッサンなのだから、「石原家の常識は世間の非常識」と
いい加減に気付いておくべきだろう。

普段は良識派の弁護士・犬塚弘までもが、
「録音データは証拠として出来すぎ。事前にレコーダーをセットして
おかなければならないので」

と、被害者である元秘書の「陰謀」を示唆するコメント。
それを受けて松本は、
「(豊田が暴言を吐くように)もっていったところはあるでしょうね」
と、さらに陰謀論を強調。

松本は、元秘書がバースデーカードの宛名書きでミスを犯したことに
触れて、
「しょうもないミスする奴って、おるんですよ」
と、あたかも元秘書の方に非があるようなコメント。

これでは番組を挙げて豊田真由子を擁護した、と言われても仕方がない。

前にも書いたように、最近の松本の政治ニュースに関するコメントは
目に余るものがある。
あらためて書くと、
共謀罪は、冤罪が発生するかもしれないけれど、メリットの方が大きい」
「野党は与党に反対だけして給料貰えるのだから、楽な仕事」

と、明らかに「自民党寄り」なのだ。

そうは言っても、松本が自民党を支持するのは自由ではないか、と
考える方もおられるだろう。
それは確かに、その通りである。
しかし、芸人というものが本来的に「反体制」の存在であることを考えると、
自民党寄り」を公言することは、芸人として恥だと感じなければならない。

これは、お笑いだけではなく、落語、歌舞伎、ロック、ラップ、詩など
あらゆる芸能に共通して言える。
「反体制」ということは、庶民の目線を保つということである。
よって、何らかの賞や勲章を授かるというのは、庶民側の立ち位置を
再確認する、という意味でアリだが、「体制側」に付いてしまうのは
最悪である。

その点において、松本はあまりにも無自覚である。
「体制側」の芸人の笑いなど、ヘドが出る。
普段も「体制側」から庶民を見下ろしているのだろうか、と想像してしまうと、
ワイドナショー』以外の松本の冠番組も見る気が失せてしまう。

かつての松本の笑いは、「反体制」であった。
漫才では、古典的な「しゃべくり」を否定し、「新作漫才」とでも言うべき
境地を開拓した。
揃いのスーツを着ることがほとんどだった舞台衣装も、敢えてTシャツや
チノパンのような庶民的なものを選び、横山やすしから怒られていた。
ごっつええ感じ』では、その横山やすし桂三枝を風刺したコントを披露し、
業界をざわつかせた。
それらがウケたのは、当時の庶民感覚から逸脱していなかったからだ。

しかし、今の松本は、庶民感覚から離れてしまった。
ワイドナショー』では、幾度に渡って「ネット上の書き込みに対する
恨み辛み」を発している。
「反ネット民」で終始していれば良かったのだが、どうもそれが長じて
視聴者やマスコミ全体を敵視するようになってしまったらしい。

驚いたことに、松本はツイッターをやっており、こんなツイートを書いている。
「たまにあるワイドナショーの感想。。。
松本嫌いだけどこの意見は同意。 あ、ありがとう…」

何とネット民に評価されて、いい気になっているのだ。
褒めてくれる相手に簡単に懐柔されてしまう。
ワイドナショー』のツイッターアカウントは、多数のネトウヨ
フォローしているらしく、松本の評価もネトウヨのものだと思われるのだが、
それが大問題であることも分からなくなっているのだろう。

「体制側」に付き、ネットに必要以上に反応し、庶民の感覚から乖離して
しまった松本人志
「松本 OUT」では済まない。

松本人志、芸人として死亡。

「裸の王様」の印象は、やはり「バカ」

安倍晋三が国会で何度も何度も使用した「印象操作」という言葉。
何でも野党が、
「やってもいないことを、あたかも私がやったかのように印象操作を
している」

のだそうだ。
この答弁に前々から違和感を抱いていたのだが、やはり語法の誤りだった。

今朝の毎日新聞の2面「時代の風」というコラム欄で、作家の中島京子氏が
同様の違和感について書いていた。
氏によると、広辞苑には「印象操作」の意味は以下のように定義されて
いるという。

「他者に与える自分の印象を、言葉や服装などによって操作すること」

なるほど。胸のつかえが取れた。
つまり、「印象操作」とは自分で「他者が感じる自分の印象」を操作する
ことであり、他者が勝手に操作するものではなかったのだ。

小林よしのり氏は自身のブログで、以下のように書いている。

「印象操作」と「批判」は違う。
自分に対する間違った「批判」や「誤解」は、公の場で堂々と正せば
いいのである。

証人喚問は、嘘をつけば罰せられるから、「批判」や「誤解」を
正す最高の舞台である。
安倍首相は「批判」を「印象操作」と言い換えて逃げているが、
「批判」が不当なら、証人喚問を受けて、説明すればいい。

「森友疑獄」「加計疑獄」についての追及が「印象操作」だというのなら、
国会では何も質問できないことになる。
議論のためのきっかけとして、野党は質問しているのだから、
それに答えないのは国会を無視しているだけなのだ。

「自称・反省謝罪」記者会見で安倍は、
「丁寧に説明をしていかなければならない」
と言っていた。
このフレーズを使うのは、何度目のことだろう。
特定秘密保護法案や安保法制が成立したときも同じフレーズを用いていたが、
その後に丁寧な説明が行われた覚えはない。

上に挙げたコラムで中島氏は、首相が自身の印象操作に失敗している
のではないか、
と皮肉っている。

それにしても、安倍晋三は国語力が低いようだ。
記憶に新しいものだけでも、以下のような言い間違いや語法の誤りがある。

「訂正云々」を「ていせいでんでん」と読んでしまった。
そもそも」は「基本的に」という意味も持っており、それは自分で
辞書で確認した、
と強弁した。

後者に関しては、毎日新聞校閲担当者があらゆる辞書を調べたが、
「基本的に」という意味を記している辞書は見つからなかった。
にも関わらず、「基本的に」という意味はある、と何と閣議決定して
しまった
のだ。

その他、国語力とは関係ないが、
「私は立法府の長です」
という認識の誤りや、
「間違ってはいないと思いますよ。何しろ私は、総理大臣なのですから」
という非常識極まりない発言も飛び出している。

いずれ文章がまとまったらこのブログで紹介しようと思っているが、
ジャーナリストの青木理氏が著した『安倍三代』というルポによると、
安倍晋三の学生時代の学力はボンクラそのものだったという。
小学校から大学まで、エスカレーター式で成蹊学園に通い続けていて、
高校時代の同級生の証言によると、
「東大はおろか、早稲田や慶応も無理だったろう」
という成績だった。
しかも、成蹊大学時代にゼミで安倍を指導していた教官は、
「(安倍の)印象がない。ゼミで発言したり質問したりといったことが
全くなかった」

と証言している。
少人数のゼミで、しかも安倍家三代目のサラブレッドであるにも関わらず、
「印象がない」というのはよほど「何もしていなかった」のだろう。

安倍は昨日、神戸で講演をして、
獣医学部新設の規制緩和を全国的に展開していく」
と言っていた。
加計学園」のケースは特別な計らいではない、とアピールしたいのだろうが、
ここまで見え透いた嘘をつかれると、腹立ちを通り越して滑稽に思えてくる。

やはり、安部はバカだったのだ。
そういえば、安部昭恵エスカレーター式の学校に通っていたが、
それでもあまりに勉強ができなかったために大学に進めず、
やむなく専門学校に通ったのだという。
お似合いのバカ夫婦だったのだ。

安部が昭恵の証人喚問を頑なに拒むのは、そんなことをすれば愛する妻の
バカぶりが全国に晒されるからなのだろう。
安部には昭恵が絶対に必要である。
バカにはバカを認めてくれるバカがいなくては、生きていけないのだ。
そんなバカ夫婦を担ぐ自民党もバカ揃いであり、良識ある官僚は
「バカの忖度などやってられん」とばかりに「反乱」を起こしたのだろう。

もちろん、学力があれば良い政治家になれるとは限らないが(豊田真由子
典型例)、「公」のための政治を貫こうとするならば、自然と知識は
深まっていくはず
である。
私利私欲しか考えない連中が、あのように堕落していくのだ。

無責任に安倍を擁護する連中

共謀罪」を力づくで強行採決し、「加計問題」も新たな文書の発見や
前川喜平氏の二回目の記者会見で再燃する中、いまだに安倍政権に
目配せをしている連中が存在する。
「安倍一強」はまだまだ続くと思っているのか、公共の電波で堂々と
安倍政権擁護の発言を行っている。

そういう連中は、安倍政権が倒れればどの面下げてテレビに出演する
つもりなのだろう。
影響力のある人間は発言に責任を持つべし、という意味で、私が気になった
マスコミでの発言を記しておく。
うろ覚えなので、細かい文言は正確ではない。

三浦瑠璃(国際政治学者)
「(「総理のご意向」文書は)大した問題ではない。
こういうことは、行政の現場ではよくあること」
共謀罪は、このままでは不充分。今後も改正を続けていく必要がある」

辛坊治郎(元読売テレビ記者)

「獣医師は不足しています」
「(獣医学部設置について)良いことしてるんだから、堂々と言えばよい」

竹田恒泰明治天皇の女系の玄孫)
「ペットは増えている。だから、獣医師は必要」

田崎史郎(政治ジャーナリスト)
「前川氏は最悪の事務次官だった」
「文書を持ち出したのは、国家公務員法違反」

松本人志(芸人)
「(共謀罪は)メリットの方が大きい」
「野党は与党に反論するだけで給料が貰えるのだから、楽な仕事ですよね」


これ全て、記録として残るのである。
松本人志にしても、『ワイドナショー』という情報番組で真面目に発言して
いるのだから、追及される対象からは外れない。
「所詮は芸人なんだから」というのは言い逃れである。
番組で政治問題を扱い、それについて発言するのであれば、相応に知識を
つけておく義務がある。

「無知でした」「でも、庶民の目線で本音で語りました」というのは、
無責任であり、プロ失格である。

共謀罪」にメリットがある、と主張する者は、反対派が提示している
問題点(デメリット)について反論できなければならない。
「加計問題」が大した問題ではない、と主張する者は、獣医師会が要請した
新学部設置規制に反論し、市有地無償譲渡や「広範囲に」獣医学部
存在しない地域という「加計ありき」の行政判断を擁護しなければならない。
それが出来るのか?

連中が出演しているワイドショーや情報番組は、ある程度は番組進行の
台本が存在するから、こうした妄言を吐いてもいちいち反論してくる人間が
存在しない。
特に生放送の場合は、時間が限られているから、MCも無難に流してしまう。
では、『朝生』のような本格的な討論番組の場で、同じようなことが
発言できるのだろうか。

そして、ここ数年のうちに安倍政権が倒れ、堰を切ったようにマスコミが
安倍批判を始め、世論がほぼ「反安倍」となったとき、連中は過去の自身の
発言について釈明できるのだろうか。

上で挙げた連中はいずれも知名度が高く、その発言には影響力が伴う。
ひょっとしたら、『ひるなび』に出ている人だから、松ちゃんは好きな
芸人だから、という単純な理由ですんなり信用してしまう人もいるかも
しれない。
だからこそ、公共の電波に出演する人間には、責任が伴うのだ。
そういう意味では、活動の場をほぼネットに限定している百田尚樹の方が、
まだマシなのかもしれない。

真のジャーナリストや言論人は、自身の発言や文章に責任を負っている。
それで対価を貰っているのだから、当たり前ではないか。
批判されるリスクを冒しながら、正当な批判は受け入れ、誤っていた箇所は
再考し、見当違いの批判には反論する。
これがジャーナリズムの態度である。

私が今回の「発言まとめ」で最も憤りを感じるのは、松本人志のこの発言。
「野党は与党に反論するだけで給料が貰えるのだから、楽な仕事ですよね」

民主主義をなんだと思っているのだ?
国会をなんだと思っているのだ?
松本こそ、無知なままで野党を叩くだけで給料を貰う、という楽な仕事を
しているではないか。
そもそも松本は、まともに国会中継を見たことがあるのか?

勉強もせずにプロの仕事を批判する、というのが言語道断である。
芸人としては好きだったが、完全に見損なった。
かつては横山やすしに刃向かう「反体制」だったが、松本自身が完全に
体制側に落ちぶれてしまった。

芸人が体制側に回り、それを甘んじて受け入れてしまっては、
芸人として終わりである。

何だか最後は「最近の松本人志批判」になってしまったが、とにかく安易に
「安倍一強」になびいて「ひとまず自分の立場は安泰」と守りに入る
腰抜けが多い。
一旦は「安倍真理教」に入信してしまったが、今や完全に「反安倍」の
急先鋒となった籠池前理事長を見習うべきではないか。