沖縄に不誠実な政府・嘘でごまかす菅義偉

毎日新聞のオピニオン欄で、「普天間移設 管官房長官の発言」と題して、
三森輝久記者(熊本支局・元那覇支局)が菅義偉の発言を批判している。
菅義偉の言葉は、やはり毎日新聞のオピニオン欄(10月25日)に掲載された
ものだが、三森記者は
「管氏の説明をそのまま信じれば「移設を巡り、沖縄の側が政府との合意を
翻した」と誤解するだろう」
と書いている。

以下が、菅義偉の発言である。
「22年前(1996年)のSACO(日米特別行動委員会)合意で普天間飛行場
全面返還が決まり、地元の市長と知事の合意を得て辺野古への移設を
閣議決定した
という経緯があるわけです」
「これはもともと地元と話して決めたことじゃないですか。日米合意以来、
沖縄や政府の関係者が努力を重ねてきた。辺野古の工事も、地元知事の
埋め立て承認をいただいて決まったことをやってきたわけです」

これを読めば、一度決まったことを「反対派」が無理を通して覆そうと
している、受け取ってしまう。
しかし、三森記者によると、この説明は正確性を欠いているという。

「管氏が言う閣議決定した」計画は、V字形2本の滑走路を備えた
現行計画ではなく、その前身、辺野古沖2.2キロの海上を埋め立てて滑走路を
造る計画のこと。この二つは似て非なるものだ

つまり、現行計画については閣議決定は行われていないのだ。
しかも、「地元と話して決めたこと」でもなく、政府が一方的に
アメリカと合意したものだという。

「05年、世界規模で米軍配備の再編を進めていた米国と協議し、
辺野古の米軍キャンプ・シュワブ陸上部を造成し、あわせて沿岸部を
埋め立てて1本の滑走路を整備する計画に変更した。
(中略)
この時、政府は沖縄県や名護市に相談せず、了解を得ないまま米政府と
合意した。そして15年使用期限などの7条件も雲散霧消した

7条件というのは、当初計画の時点で、当時の稲嶺恵一知事や
岸本建男名護市市長が、「苦渋の選択」で提示した条件である。
この条件を遵守するのであれば移設を容認する、という決断であり、
菅義偉が言う「閣議決定」はこの条件を受け入れた上で実行された
ものである。

ところが、政府は沖縄に何の相談もせずに、勝手に計画を変更し、
7条件も反故にしておきながら、「閣議決定」という事実だけを
振りかざしているのである。

さらに三森記者は、政府の「変更」に対して、選挙を通して
民意の承認を得られた例がない、
という。
変更案は「米軍再編中間報告」というかたちで、事実上の事後承認が
地元に突きつけられた格好となった。
そして06年に、中間報告案は政府と名護市が協議して、現行計画に
修正された。

「だが、当時の島袋吉和市長は岸本元市長の7条件を無視して容認したため
支持市議の離反を招き、次期市長選での落選につながった。
地元の納得を得たとは言えない合意だった。
稲嶺知事も計画を容認しないまま退任している」

「埋め立て承認は13年、次の知事だった仲井真弘多氏によるものだが、
仲井真氏はその3年前の知事選で「県外移設」を公約に当選し、
埋め立てを承認するまで現行計画を容認するとはただの一度も
言わなかった
。県民の信任はなかったのだ」

つまり、現行計画容認を公約として当選した知事や市長は、
ただの一人もいないのだ。

安倍晋三はいまだに、民主党政権時代の鳩山由紀夫が「最低でも県外
と発言していたことに言及し、翁長前知事が「自民党時代は移設容認派
だった」という過去をほじくり返しているが、仲井真弘多が「県外移設」を
公約にしていたことを知る人は少ないのではないか。
当初の約束を反故にし、公約も覆してしまう卑怯なことをやっているのは、
政府と移設容認派の方ではないか。

しかも、政府は実に強引な手法で、移設工事を再開させてしまった。
本来は国民が「権力に対して、自己の権利を救済する」という目的で
制定されたはずの行政不服審査法を、防衛省国交省に請求するという
茶番まで演じたのだ。

元より現行計画に正当性が存在しないのに、あたかも自分たちに大義がある
と押し通そうとするから、どんどん無理が生じてしまう。
仕方がないので、過去の情報の中で都合の良いものを、断片的に拾い集めて
アピールするしかなくなっている。

沖縄米軍基地の問題は、日米安保日米地位協定、そして憲法9条が
大きく関わるもので、日本の対米従属についても考える必要があるのだが、
それについては今回は触れない。
官房長官の地位にある人間が、過去をごまかす発言をしたこと、
現行計画においては政府は沖縄に丁寧に説明をした経緯はなく、
民意は現行計画を容認していないであろうこと(これは県民投票の結果で
大勢が判明する)を述べておきたかった。

安田純平氏を叩くのは弱虫の奴隷

ネット上で安田純平氏へのバッシングが、いまだに続いているらしい。
安田氏は会見で「プロだから自己責任」と言っているし、
妻に「身代金の要求には応じるな」とメッセージを発していた。
拘束されたのは「自分の凡ミス」と認めてもいる。
つまり、自分のミスで拘束されたわけであり、そのせいで命を落としても
それは自分の責任である、身代金は武装集団の利益になるだけだから
その手段で助かろうとは思わない、
と言っているのだ。
これで何故、批判されなければならないのか、全く分からない。

人一人を救出するために、どれだけ多くの人間が尽力したと思っているのか、
というバッシングもあるようだが、実にバカバカしい。
台風の日に敢えてサーフィンに繰り出したバカと一緒にしているのでは
ないだろうか。
安田氏はプロとして紛争地域の取材に乗り込んだわけであり、
プライベートの趣味で旅行していたわけではないし、違法行為に手を
染めていたわけでもない。
国民が「勤労の義務」を果たしているのだから、そこで危険にさらされた
以上は、国家がその救出に乗り出すのは当然である。

それが「社会契約論」の考え方であり、民主主義の原則である。

羽鳥慎一モーニンショー』で、玉川徹氏が
「ヨーロッパのような民主主義や個人主義が成熟している国々では、
戦場ジャーナリストが拘束されても批判されない。
日本で批判が巻き起こるのは、日本がまだムラ社会だからだ。
村の掟を破った者だから、村八分にしようとしているのだ」

と述べていた。
全くその通りだと思う。
実際、フランスでは解放された戦場ジャーナリストを当時のシラク大統領が
出迎えた、イギリスでは戦場ジャーナリストを批判するという発想そのものが
存在しない、という実例が番組で紹介されていた。

安田氏を叩いているのは、いわゆるネトウヨとは限らないのだろう。
ネットに依存して、何者かを叩きたくて仕方がないぐらいに感情が劣化した
集団
なのだと思う。
彼らは「自己責任論」を掲げているようだが、プロであれば自己責任という
のは当たり前のことだ。

自分のミスが周囲に迷惑をかけたり、あるいは自分自身を危険な状況に
陥らせたりする可能性は、常に存在する。
その際に自分でどれだけ始末を付けられるか、ということは意識しておく
べきだし、最悪の状況においては「公」を優先させるべし、ということも
念頭に置いているだろう。
こんなことは昔から当たり前のことだったから、「自己責任」などという
言葉はそもそも用いられていなかったのだ。

「自己責任論」で安田氏を叩いている人間は、そういう自分たちも
多少の差はあれ、責任を負っているのだということを、意識していない
のかもしれない。

言われたことだけやっていれば、とりあえず食い扶持は稼げる、という
レベルの仕事しかやっていないのだろう。
そんな人間は、AIの活用が本格化したら、真っ先に職を奪われて
放逐されるだろうが、それもまた自己責任である。

ひょっとしたら、命懸けの仕事なのだったら、殉じる道を選べばよかった
ではないか、何をのうのうと「助けて下さい」というボードを掲げていたのか、
などという事を言い出す人間もいるのかもしれない。
これまたちょっと考えれば分かるのだが、生きて帰って、自分が見聞した
ことを記事にすることが戦場ジャーナリストの使命なのだ。
チンケな命乞いをしていたのではなく、何とか解放されるまで粘ることが
重要だったわけだが、身代金の支払いには応じるな、ときちんと釘を刺して
いたのだ。
至極真っ当なことしかやっていない。

さらに言えば、今後安田氏が執筆するであろう記事やルポルタージュが、
国内外で注目され、ひょっとしたら高い評価を得る可能性
もある。
そうなった場合、安田氏を叩いていた集団は、手のひらを返したように
「評価されたんなら、OK」
と納得するのだろうか。
自分の中で整合性がとれるのだろうか。

これはあくまで極端な例ではあるが、日本人でも戦場や紛争地域に
赴いて大きな功績を残した人物が存在する。
戦場カメラマンの沢田教一だ。
ヴェトナム戦争の実状を撮影した「安全への逃避」という作品で、
ハーグ第9回世界報道写真コンテスト大賞、アメリカ海外記者クラブ賞、
ピューリッツァー賞を受賞している(Wikipediaより)。
沢田教一のことを誇りに感じる日本人は多いだろうが、
言うまでもなく自己責任でヴェトナム戦争を取材し、
結果として数々の賞を受賞するに到ったのだ。

よもや沢田教一に対して、賞を貰ったから良かったようなものの、と
言う日本人はいないだろう。
ちなみに沢田教一は、カンボジアの紛争地域を取材している際に、
何者かに襲撃されて亡くなっている。

では、「賞」という実績を得たり、高い評価をされた人間は偉いから、
戦場に繰り出してもよい、ということなのか?
違うだろう。
それでは「成果主義」になってしまう。
成果を得られるかどうかは分からないが、「公」のために取材を敢行するのが
ジャーナリストである。

橋下徹は「100%の安全のためにガイドラインを作れ」「ジャーナリスト同士
でフォローしあうような組織を作れ」などと言っているが、それでは
功名心だけが高いブン屋と同じ扱いになってしまう。
ジャーナリズムは「賞」を獲るためのビジネスではないのだ。

ついでに言えば、ジャーナリストではないが、戦時に国の命令に反して
人道主義を貫いた日本人として、杉原千畝という人がいた。
当時としては、日本の同盟国であるドイツの方針に楯突くようなことを
やっていたのだから、「国に迷惑をかけた人物」である。
もちろん、杉原千畝は、後にユダヤ人に感謝されたいからあのような行為に
及んだわけではない。
私的な「功」を追求したのではなく、「個」として人道的な選択肢を
とったにすぎない。

この行為が世界的に称賛されているのも、今となっては結果的に、という
ことではないか。
「命のビザ」という呼称が、自己責任で行ったことだ、という事実を
表している。

少し飛躍した例になってしまった感もあるが、安田氏がそこまでの
評価を得られるのかどうかはともかくとしても、バッシングしている人間は
個人主義とか、プロ意識とか、無私の精神といったものを全く理解できて
いないのだろう。
組織に寄りかかって、庇護してもらいながらでなければ、生きていけない
情けない弱虫ばかりなのだ。
弱虫同士で慰撫しながら生きているだけに、公然とリスクに立ち向かう
個人に対して、猛烈に腹が立ってしまうのだろう。

でも、評価というかたちの「権威」(特に海外からの評価)がつけば、
へへーと頭を垂れるのに違いない。
ムラ社会極まれり。
あるいは、奴隷根性。

藤井寺市は子供の安全よりも世界遺産登録を優先する

このブログ、最近は安倍政権批判ばかりになっていた。
しかし、このブログの趣旨は、あくまで私が「個」として「公」のことを
考えながら、主張したいことを書いていく、というものである。
安倍政権の不正は、同じようなパターンで繰り返されていて、
こちらからの批判はそれらをほぼ網羅できている。
よって、積極的に別の話題を取り上げていこうと思う。
ちなみに臨時国会が始まったが、安倍晋三麻生太郎の顔を見るだけで
吐き気がするので、在宅していても国会中継は見ていない。

さて、関西ローカルの報道番組『VOICE』で、このような問題が
取り上げられていた。
大阪府藤井寺市の保育園が、建物の耐震の診断を受けたところ、
震度6で倒壊もしくは崩壊の恐れがある、という結果を得た。
ところが、市は建物の建て替えを容認しようとしない。
理由は、百舌鳥・古市古墳群世界遺産に登録しようという動きがあり、
当該保育園はその中の古墳の外堀跡に建設されているため、
景観保全を理由に建て替えは認められない、というのだ。
そして、市は補強工事は物理的に困難とし、移転を模索しているが、
移転先は全く決まっていないという。

簡単に言えば、藤井寺市は古墳群の世界遺産登録の事情を優先させて、
耐震のための建て替え工事に着手したがらない、ということなのだ。
しかも、耐震性の問題が発覚したのは5年前であり、この5年間、市は
この問題を放置してきたのだ。

誰もが感じるのは、保育園の建て替え工事が、景観保全に関わることなのか?
という疑問だ。
別に派手な商業施設を建設しようというわけではない。
しかも、京都や奈良のような古都の風情が感じられる立地ではなく、
近くにあるのは古墳である。
古墳というものは、上空から見ないとそれと認識できず、地表からでは
山林のようにしか見えない。
だからこそ、市としても外堀跡に保育園を建て、住宅地も造成しているのだ。

保護者は子供の安全を確保したいという思いで、何度も市に建て替えの
要請を行っており、その都度話し合いの場が設けられてきたが、
納得できる説明は全く得られていない。
5年間放置してきた、ということだから、その間に熊本地震
鳥取中部地震が発生しており、今年になってすぐ近くで北大阪地震
目の当たりにした、ということである。
安心して保育園に通わせることが出来ない、と考えるのは当然である。
もし、市が移転にこだわるのであれば、いまだ移転先が決まっていない
という事実に対して、この5年間何をやっていたのか? と批判されて
しかるべきである。

私は大阪府民なので、百舌鳥・古市古墳群世界遺産に登録されれば
嬉しいという気持ちはある(大阪にはまだ世界遺産がひとつも存在しない)。
しかし、そのために役人が市民の安全を蔑ろにしているという事態が
続いてしまうのであれば、登録などされない方がよい、
と思う。
そもそも、世界遺産登録と保育園の建て替え工事は、矛盾するものでは
ないのだが、功をほしがる役人の判断基準が狂っているのだから
仕方がない。
そんな役人たちに、世界遺産登録を喜ぶ資格などない。

また、橋下徹も府知事時代に言っていたが、古墳は観光地にはならない。
上述したように、山林しか見えないからだ。
古墳マニアは、とっくにこの地は訪れているだろう。
よって、観光地として堺市藤井寺市が潤うということは、
まず有り得ない。
ただ、観光とは別に、遺跡としての歴史的な意義の大きさを考えて、
その存在を世界に知ってもらう、という目的においては、世界遺産登録を
目指す活動は意味がある、と思っていた(ちなみに、橋下徹はカネのこと
しか考えないので、活動は無意味と断じていた)。
しかし、市が景観にこだわるというのは、そうした「公」の目的から
逸脱し、藤井寺市に箔がつく、あわよくば観光収入も、という「私」の
欲が入り込んでいる
と言わざるを得ない。
このような動きは、到底容認できるものではない。

保護者は建て替え工事を求めて、署名活動に取り組んでいる。
北大阪地震で、ブロック塀の下敷きになって小学生が亡くなった事故が
起こったばかりだし、最近は和歌山で震度3~4程度の地震が何度か
発生しているので、気が気でないのだろう。

このニュース、極めてローカルなものなので、これまで主に国政について
書いてきたこのブログで、こうしたトピックが取り上げられるのは
違和感があるかもしれない。
しかし、藤井寺市の対応があまりにも酷く、保護者らが気の毒で
ならないので、この情報をネット上に書き記して、少しでも多くの人に
知ってもらおうと思った次第である。

このブログ自体には、そこまでの影響力はないだろうけど、
情報として聞きかじっておいてくれれば、何かの弾みでこの問題の
認知度が大きくなるかもしれない。
公務員が「全体の奉仕者」となっていない事例は、国政だけではなく、
地方の行政でも発生しているのだ。

自民党に「終わりの始まり」を感じる

前回の更新から少し間が空いてしまったが、この間の安倍政権とその周辺の
動きは、かなり浮き足立っていた
のではないかと思う。
麻生太郎が「総裁選は圧勝だった」と言い張る中、沖縄県知事選では
与党側は辺野古移設反対派の玉城デニー氏に惨敗。
菅義偉小泉進次郎を現地に投入する総力戦体制でのこの惨敗は、かなり
ショックだったようだ(菅義偉無党派層にアピールするとはとても
思えなかったが)。
さらに、政権のイメージ悪化を少しでも和らげたいと思ったのか、
加計学園の加計孝太郎理事長が意味不明のタイミングで記者会見。
しかし、前回と同じゼロ回答を繰り返すだけで、何のためにあらためて
会見を行ったのかが分からず、疑惑を再燃させただけになってしまった。

そして、第四次安倍内閣は「全員野球内閣」と称されたが、
「全員野球」というのは個々の選手の能力が低い地方の弱小野球部が、
「とにかく全力プレイは心がけるぞ」という意味で掲げるスローガンである
ことは大抵の国民は理解していた。
もはや「仕事人」のレベルより下であることを自認し、でも皆で一生懸命に
職務を全うするから応援してね、というピントのずれたフレンドリーさを
アピールする格好となってしまった(安倍晋三が「全員野球」の意味を
理解していないだけなのだろう、と思うが)。
ただ、女性閣僚がよりにもよって片山さつき一人だけ、というのは
多方面からツッコまれても仕方がなかった。

自民党亀井静香は、安倍晋三が総裁三選を果たすと、自民党にとって
終わりの始まりになる、と言っていたが、そういう空気が実際に漂って
いるのではないだろうか。

石破茂の総裁選の善戦は、かつての「安倍一強」がもはや絶対のものでは
ないことを証明してしまった。
それでも党を信じ続けようとする者も、沖縄県知事選の結果は受け入れる
しかなかった。
「盤石」と言っているのは、党執行部だけである。
内閣支持率は相変わらずの高水準だが、それは裏返せばその数字は額面通り
信用できない、ということではないのか?
とどのつまり、本当に安倍政権を当てにして、来年の統一地方選挙
参議院選挙に勝てるのか?
地方や参議院自民党議員が、疑心暗鬼になっていてもおかしくない。
しかも、小賢しい公明党は、改憲議論には即座に応じない構えを見せた。

これは別に、安倍内閣不支持派の私が、願望だけで書いているわけでは
ない。
ニュース映像で見受けられる雰囲気や、新聞記事の文体や語調などで、
どうも今までの「やりたい放題」的な横暴がまかり通っていた政局とは
少し異なる空気感が漂っているように感じる
のだ。
それが冒頭に書いた「浮き足立っている」ような感覚。
二階俊博麻生太郎も、強気の姿勢は変えないけれど、今まで通りの
調子に乗った発言は少し控えておかないと危ない、という意識が
見え隠れする。
安倍晋三バブル」がいつ弾けてもおかしくない、という状況
理解しているみたいだ。
もちろん、文部科学大臣柴山昌彦のように、何も分かっておらずに
「大臣になれて嬉しい!」と早速ふんぞり返っているバカもいるが。

恐らく、党執行部としては、安倍政権は3年もたなくてもよい、
憲法改正が最大の目標なので、それが実現すれば落としどころを見て
解散してもよい、
と思っているのではなかろうか。
それまではとにかく政権のイメージをキープしなければならないので、
あまり大それた政策は実行しないようにしているのだ。

分かりやすい例が、来年10月の「消費税増税案」だ。
本来ならば、今年は6月から9月にかけて、日本列島各地は数々の自然災害に
見舞われ、いまだ多くの被災者は困難な生活を強いられているのだから、
延期されてもおかしくない。
しかも、先日、アメリカの株式市場が突如暴落し、日本経済にもその影響が
及ぼされた。
つまりこの数ヶ月間は、安倍晋三が言っていた増税延期の基準である
東日本大震災級の自然災害、もしくはリーマンショック級の世界経済の危機」
というラインに、かなり近づいていた状況ではないかと思う。
しかし、もう2度も延期をしてしまっている。
それも、極めてその場しのぎの理由で。

安倍晋三としては、面子を保つためには、増税実行に言及せざるを
得なかった。
これ自体がウィークポイントである。
ただ、安倍晋三はきちんと逃げ道を確保している。
会見では「増税予定している」という表現を用いており、増税する」とは
一言も言わなかった。

つまり、今後の支持率の変化や選挙結果などといった不確定要素に備えて、
政権をギリギリ踏みとどまらせておけるカードを確保しているのである。

さらに言えば、「軽減税率」や「カードのポイント還元」といった
消費者向けの措置が、「一体、今まで何を議論していたんだ?」と
言いたくなるぐらいにスカスカの体たらくなのも、本音を言えばやりたく
ないからなのだろう。

何しろ、2019年に増税したとして、翌年にはもう政権を退くのだから。
2020年まで政権がもてば、後は東京五輪を成功させることだけ考えれば
よいのだから。

始まったばかりの第四次安倍内閣は、既に「どう無難に終わらせるか」という
ことしか考えていない。
失言や不祥事に、さらに敏感になっていくことだろうが、ここまで来たから
には、ちょっとやそっとで退陣するまい、という意地があるから、
党執行部は感情的になっていくかもしれない。
「次にどのようにバトンを渡すか」という大局的な視点が抜けており、
「安倍の次」にどのように振る舞っていくかということが考えられない
自民党議員が多数存在する模様である。

「終わりの始まり」とは、つまりそういうことなのだ。

マウンティングされても権力の座にしがみつきたい安倍晋三

安倍信者のメディアや知識人は、今回の総裁選を「安倍の圧勝」と喧伝して
いるが、安倍晋三の党内の求心力はかなり低下しているのだろう、と
私は推測している。
メッキがボロボロに剥げてきており、それを糊塗するのに必死であるように
見える。
個人的に考えるその要因は2つ。
1)アメリカからさらなる高額な兵器を購入するという約束を交わしたこと
を隠していた
2)菅・二階・麻生というビッグ3を続投させることを決めた

1)は官房長官菅義偉の会見で発覚した事実だ。
先日の日米首脳会談で、安倍晋三はトランプに兵器購入を迫られて約束を
したらしい。
安倍晋三は記者会見でその事実を語らなかったが、アメリカのメディアの
報道でそれが日本に伝わり、日本のメディアが菅義偉に問い質して明るみに
なった。

相変わらずの「対米従属外交」だが、注目すべきはそれを隠していた、
ということだ。

イージス・アショアの購入だけでも2000億円以上かかるのに、
その上「高額な兵器」を購入することに応じる、というのは正気の沙汰
ではない。
いくら何でもアメリカの言いなりになりすぎだ、という反発の声が
世論として噴出してもおかしくない。
トランプがこうした要求を突きつけてくるのは、選挙対策であることは
明白である。
それに乗っかってあげる、というのは日本の国益に反するのだから、
外交の体を成していない(アメリカ国内への200億ドルの投資も同じだが)。
よって、隠したのだ。

党内でもフォローするのが難しくなっている。
イージス・アショアについても「そこまでの軍備が必要なのか」と
批判されているし、いよいよオスプレイ横田基地にも配備されることと
なり、地元民は戦々恐々としている。
アメリカの兵器に大きく依存することには、多くの国民が敏感になっている。

それでもアメリカからの要求は断れない。
トランプとの仲の良さをアピールする、という安倍外交の「成果」は、
安倍晋三の「権威」の根拠となっているからだ。

世界中でトランプが鼻つまみ者として扱われ、国連総会で失笑されても、
安倍晋三はトランプについていかなければならない。
トランプに見放されれば(良いカモとしての扱いからも外れる、という意味)
安倍晋三の「権威」は地に落ちる。
本当に「安倍一強」体制が継続しているのであれば、トランプが選挙を
気にかけているという足下を見て(何しろ自分は6年も首相であり続けて
きたのだから)、もっとやりようがあるはずである。
できないのは、「親米」という看板を掲げた「対米従属」という手法を
取り下げると、国内のエセ保守にも見放される
からだ。

2)に関しては、もっと分かりやすい。
もはや安倍晋三は、この3人には頭が上がらないのだ。
二階と麻生は総裁選の票固めに絶大な影響力を発揮したし、
菅義偉は度重なる安倍晋三の失策を、記者会見で「なかったこと」として
メディアの追及をはねのけてきた。
この3人がいなければ、安倍政権はとっくの昔に退陣を余儀なくされて
いたことだろう。

振り返れば、この3人も度重なる問題発言をしでかしてきた。
特に麻生太郎は、財務省の公文書改竄や福田前事務次官の「セクハラ問題」
における会見で、高圧的な態度や他人事のような発言を展開して
国民の反発を買っていた。
本来ならば切っておきたいところだ。
だが、切れない。
そんなことをすれば、これから先の3年間の政権運営が、極めて不安定な
ものになるのは明白だからだ。

つまり、安倍晋三はトランプにマウンティングされ、菅・二階・麻生にも
マウンティングされている、というまさに上っ面だけの権力者だったのだ。

それが今回の「兵器購入」と「内閣人事」ではっきりした。

安倍晋三は、自身の「空っぽさ」にある程度は気付いていると思う。
石破茂との論戦をひたすら避けたのが、その証拠だろう。
憲法改正」に執着しているのも、単純にレガシーを残したいからだ。
そこに到るプロセスなど、どうでもよいのである。
適度に「やってる感」だけ醸し出していれば、バカな有権者はついてくる、
と見透かしているのだ。

石ころに金の絵の具を塗っただけの代物に、バカな有権者らはいつまで
騙され続けるのだろう。
もっとも私も数年前までは、これが本物の金だと思い込んでいたが。

安倍晋三、早速の対米従属ぶりを発揮

今朝、日米首脳会談を終えて、安倍晋三が記者会見をしていた。
やたらと「日米の信頼関係」を強調していて、相変わらずの
対米従属ポチぶりを世界に知らしめていた。
その数時間前には、トランプが国連総会で「アメリカ内政自画自賛演説」を
披露し、他の首脳陣から失笑され、
「(今言ったことは)ほんとだ。こういう反応がくるとは思わなかった。
まあいい」

と取り繕い、後で記者から会場の笑いについて問われると
「ウケを狙って言ったから、あれでいい」
と強がっていた。
こんなバカ権力者と、強い信頼で結びついている、と安倍晋三は強調して
いるのだ。
全くもって、腹立たしい。

そんな安倍晋三は、FTAではなくTAGという新しい名称の貿易協定を
締結することを検討していくらしい。
TAGはサービスや知的財産を含まず、物品の取引のみに限定した協定だという。
ここから先が重要である。
安倍晋三は、TAGの交渉中は、アメリカが自動車の関税を上げることはない、
と言った。
しかし、もう一つの懸念材料である牛肉に関しては、何の言及もなかった。
ちなみに安倍晋三は、ニューヨークで三夜連続に渡って、ステーキ店で
アメリカ牛肉に舌鼓を打っている。

ここから一つの推測が生まれる。
安倍晋三は、少なくとも自身の任期中であるこれから先の3年間においては、
財界からの反発を懸念して、何としてでも自動車の関税の引き上げを
阻止したい。
それをトランプにお願いする見返りに、日本の牛肉関税引き下げに
応じるのではないか。
経団連らに恩を売り、畜産農家を切り捨てる。
安倍晋三なら平気でやるだろう。

そして、その後に安倍晋三が発表した内容に、耳を疑った。
「日本の自動車メーカーは、アメリカ国内に生産拠点をつくり、
3万7千人の雇用を生み出しました。
さらに、アメリカの自動車産業200億ドルの投資を行います」

何だ、これは?
アメリカはれっきとした先進国なのに、何故わざわざ日本が雇用を創出して
やらねばならないのか。

しかも、200億ドルの投資だと?
日本円にして約2兆円だ。
我々の税金を財源にして、何故アメリカにここまでの巨額投資を行わなければ
ならないのか。

メディアはこの会見の内容を、もっと深く掘り下げて欲しい。
今朝のニュースやワイドショーを見た限りでは、あの横暴なトランプが失笑を
買ったことと、とりあえず自動車の関税引き上げはしばらくは行われない
ということしか、クローズアップしていないようだ。
私としては、素人なりに挙げてみた問題点を、専門家や知識人はどのように
考えるのか、知りたい。

安倍晋三は、残り3年間でレガシー作りに余念がないだろう。
負の遺産」をつくりまくっても、それが顕在化しないうちに任期終了で
トンズラすることが可能だからだ。

そういう意味では、安倍政権はあと3年で泣いても笑っても終了なのだから、
メディアも知識人も権力を恐れずに忌憚ない言論を展開してほしいと思う。

総裁選が終わり考えること

自民党総裁選は、予想通り安倍晋三の勝利に終わった。
ただ、石破茂はひとつの目標であった200票を上回り、善戦と言える
ラインはキープした。
存在感をアピールすることが出来たため、次期総裁の布石を打つことは
出来ただろう。

宮崎哲弥「前回の総裁選では、石破氏は地方票は5割以上を獲得していた。
今回はそこから後退しているので、課題が残ったと言える」
とコメント
していたが、政権交代したときの前回と、「安倍一強」体制が確立している
今回とを単純比較するのはまるで無意味だ。
安倍晋三を持ち上げよう、石破茂の価値を下げよう、とすることが、
自分たちが国民の感覚とズレていることを示すだけだということに
気付かない人間が、いまだ多いことに驚いてしまう。
派閥の長や党執行部に締め付けられていた国会議員や地方議員らは別として、
積極的に「安倍支持」を表明していた人間については、政治家も知識人も
メディアの人間も、きちんと覚えておこう。
「安倍の後」に彼らがどのような言動に出るのか、見ておく必要はある。

石破茂は、論戦であまり具体的な政策について語らなかった、という批判が
向けられた。
「正直、公正」というスローガンも、途中からはあまり前面に押し出さなく
なった。
弱腰な石破陣営が「個人攻撃をするな」と言い出したものだから、
気にしたのかもしれない。
当初は9条2項の問題点について、地上波で堂々と語っていたぐらいだから、
安倍外交アベノミクスの問題点についてももっと論じてくれれば
よかったかなと思う。
ただ、自民党の現状が抱える問題点、そして「森友・加計問題」を追及する
必要性は訴えていたので、それだけでも石破茂を支持するだけの意味は
大いにあった。

一方で、安倍晋三は分かりやすいぐらいまでの醜態を晒し続け、
「私はいたらない人間」という自らの発言を、身をもって証明した格好
なった。
私は今週は昨日までずっと仕事だったので、ニュース映像をしっかりと
チェックできていなかったが、チラ見したり新聞記事を読んだ限りで
以下のような言動を確認した(よって、細部の文言は異なる)。

石破茂からトリクルダウンなど発生していない、と指摘されて)
「私はトリクルダウンなどという理論を主張したことはない」
しかし、「トリクルダウン」という言葉そのものは使っていなくとも、
大企業は利益を社員の賃金に還元しなければならない。それが中小企業の
利益にも繋がっていく」
「花の蜜が滴り落ちるように、上から下へと利益が行き渡っていく」

と発言している。
まさにトリクルダウン理論の中身について言及したものである。

石破茂から「拉致被害の解決を出来るのは安倍政権だけ」と言っていたが、
何の進展も見られない、と指摘されて)
「解決できる、と言ったことはない。それは拉致被害者のご家族が言っている
ことではないか」

安倍政権だけ、という発言は確認できていないが、拉致被害の解決は
安倍政権の使命、という旨の発言はしている。
解決のために積極的に何もしていないのは事実。
トランプに「米朝首脳会談で俎上に上げてくれ」とお願いしただけで、
その後も全くアクションを起こしていない。
それを棚に上げて、「家族が言っているだけ」というのは暴言ではないか。

石破茂から、獣医学部新設の当事者とゴルフに興じるのは問題だ、と
指摘されて)
「ゴルフに悪いイメージを持っている。ゴルフは五輪競技になっている。
では、テニスや将棋だったら良いのか」

何じゃ、こりゃ?
ゴルフを責めているのではなく、プライベートで獣医学部新設の当事者と
交流することが問題だ、と言っているのは明らかではないか。

石破茂から、「森友問題」で近畿財務局の職員が命を絶った、このまま
何も追及しないわけにはいかない、と言われて)
「…………」
全く何も答えられなかった。
目が泳いでいた。

「イヤな所を突かれた」という感情がありありと感じ取れた。
本当に後ろめたい所がないのであれば、沈黙せずに「私と妻は無関係」と
言い張ればよいではないか。

ただ、「無関係」という意味も「賄賂を受け取っていない」というように
後退させている。
賄賂は受け取っていないが、何らかの関係はあったことは認めざるを得ず、
近畿財務局の職員の死にも後ろめたさは感じているのではないか、と
疑うことが可能である。

こうした言動を見ていると、安倍晋三がとにかく論戦を避けていた理由が
よく分かる。
真っ当な批判に対して、正面切って答えられないのだ。
「~とは言っていない」とはぐらかす、論旨をずらす、明言を避けるという
ことしか出来ないのだ。
国会では山尾志桜里議員を苦手にしているというが、確かに山尾議員が
質問に立った時も、安倍晋三はまともに答弁できていなかった。
恐らく、普段からイエスマンにチヤホヤされているから、自分が直接批判
されるという状況に耐えられないのだ。

だから、有権者に対しても「こんな人たちに負けるわけには行かない」などと
言い放ってしまう。
NEWS23」のインタビュー映像にも、「これはおかしい。内容が偏っている」
とブチ切れてしまうのだ。
安倍晋三は、論理的な議論ができない人間である。

自民党議員と自民党員の過半数は、こんな人間に「さらに3年」を任せる
判断をしたのだ。
その方が、何も考える必要もなく、楽な選択肢だったのだろう……今は。
「公」を第一に考えるべき人間らが、易きに流れて
いったという事実はしかと記憶しておかねば
ならない。
「公」を捨て去った人間らが、「保守」を自称していたということも後世に伝えておくべきである。